卷之三百七十二 表第三

公卿一

現代語訳ステータス: AI一次翻訳(原文照合・専門家レビューは未実施)

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天祖が尊い教えを垂れ、皇位の隆盛が天地とともに窮まりないのは、天皇が大権を掌握し、いまだかつてそれを臣下に委ねなかったからである。もし政治を司る官がことごとく大臣にまとめられ、天皇はただそれが成るのを仰ぎ見るだけであったなら、どうして皇位の隆盛たり得ようか。それゆえ上古の歴代の聖帝は、常に自ら大綱を総攬し、日々努めて怠ることなく天下に臨んだ。その政務の任にあたっては、皇親を交え、旧臣の徳望ある者を交え、互いに牽制させ合い、いまだかつて特定の一人に偏り任せることはなかった。これこそ大権が上(天皇)にあって、綱紀が引き締まり、身分秩序が明らかで、教化が下々にまで行き渡った所以である。藤原鎌足が大悪人を誅し、偉大な勲功を立てて中興の治を輔けて以来、その子孫一族は次第に権勢を強めていった。藤原不比等は律令を制定するにあたり、唐の制度を参照して、太政大臣を左右大臣の上に置き、その一身をもって万機を助けさせた。いわゆる尚書・門下の職を併せて一官に帰したのである。一方、中務省は八省の一つに下ることとなり、あえてこれに抗う者はなく、その任はまことに重いというべきであった。しかし天智天皇の時代には皇太子(中大兄皇子)がこれに任じ、その後は常に親王がこの地位に就いたが、ただ「知官事」と称するにとどまり、いまだ正官として立てられてはいなかった。藤原良房に至って、初めて臣下の身でこの職に任じられ、はじめて専任の官として確立された。そして天下の政治は挙げてその手に帰することとなった。これより後、その子孫は常に重責の地位に居続けた。幼い天皇が在位するときは摂政と称し、成人した天皇のときは関白と呼び、あるいは内覧と称した。天皇は手をこまねいてその為すところに任せ、大臣の権勢はますます強まった。以後、その一族の男子は必ず公卿に列し、女子は必ず后妃となり、およそ要職にあって政務の枢機を裁く者は、その一門の子弟でない者はなかった。さらに、へつらい迎合する者を引き立てて私利を図り、勇猛果敢な武士たちと結んでその勢力の助けとし、富は皇室に匹敵し、権勢は天皇に並ぶほどとなり、まことに盛んであったというべきである。このようなことが長く続くうちに、その一族の者は皆、裕福な家に育った子弟となり、放縦驕慢を常とするようになり、自ら重職にありながら、政治の術がいかなるものかを知ることがなかった。そのため、ひとたび事に臨めば、うろたえ取り乱すのは当然の成り行きであった。ここにおいて、皇族の末裔で武臣に列した者、たとえば平清盛のような者、源頼朝のような者が現れ、いずれも旧知の者を招き集め、英雄を迎え入れて、これに代わってその地位を奪った。ついに大権は地に墜ち、朝廷はうつろな器を擁するのみとなった。皇位の隆盛は、もはや問うことすらできない有様となったが、果たしてその責はいったい誰に帰すべきであろうか。深く鑑みなければならないところである。中古以降、太政大臣と左右大臣とを合わせて「三公」と称した。内大臣・准大臣、および大納言・参議以上を併せて「公卿」と称した。その他の重要な官職は、多くこれらの者が兼帯した。東宮傅(春宮坊の長官)、近衛大将、八省の長官のようなものも、あわせて記載する必要がある。今、『公卿補任』に拠り、諸史籍を参照して、年月を付して姓名を表し、人がひと目見て分かるようにし、それによって治乱興亡の由来を察することができるようにする。そうすれば、大権の得失、朝政の緩急もまた概観することができるであろう。さて、武人が政治を専断するに至ってからは、土地・兵馬の政治はことごとく陪臣の手に委ねられた。いわゆる執権・連署と呼ばれる者たちは、以前の公卿とほとんど変わるところがなかった。そして朝廷の高官は、名ばかりが存在して実権はなく、もはや列記するに値しないもののようであった。しかし官位を授けることは、なお朝廷から出ており、大将軍という重職も、時には大臣の下に列せられたのであるから、その任免・除授については、記さないわけにはいかない。よって公卿表を作る。

年次 太政大臣 左大臣 右大臣 内大臣 大納言 中納言 参議 孝徳天皇大化元年乙巳藤原鎌足【六月に内大臣に任じられた。また、左大臣の上位に位置づけられた。そのため、ひとまずここに付記する。】阿倍倉梯麻呂【六月に任じられた。】蘇我倉山田石川麻呂【六月に任じられた。】 二年丙午鎌足倉梯麻呂石川麻呂 三年丁未鎌足倉梯麻呂石川麻呂 四年戊申鎌足倉梯麻呂石川麻呂 五年乙酉鎌足倉梯麻呂【三月に薨去した。】 巨勢徳太古【四月に任じられた。】石川麻呂【三月に自殺した。】 大伴長徳【四月に任じられた。】 白雉元年庚戌鎌足徳太古長徳 二年辛亥鎌足徳太古長徳【七月に薨去した。】 三年壬子鎌足徳太古 四年癸酉鎌足徳太古 五年甲寅鎌足徳太古 斉明帝元年乙卯鎌足徳太古 二年丙辰鎌足徳太古 三年丁巳鎌足徳太古 四年戊午鎌足徳太古【正月に薨去した。】 五年己未鎌足 六年庚申鎌足 七年辛酉 七月、皇太子が称制した。鎌足 壬戌歳鎌足蘇我連【正月に任じられた。】 癸亥歳鎌足連 甲子歳鎌足連【五月に薨去した。】 乙丑歳鎌足 丙寅歳鎌足 丁卯歳鎌足 天智天皇即位元年戊辰 二年己巳鎌足【十月に内大臣に任じられた。また、まもなく薨去した。(『鎌足伝』によれば、太政大臣に任じられたとする。)】 三年庚午 四年辛未 十二月、大友皇子が即位した。大友皇子【正月に任じられた。十月に皇太子となった。】蘇我赤兄【正月に任じられた。】中臣金【正月に任じられた。】蘇我果安【正月に任じられた。】 巨勢人【正月に任じられた。】 紀大人【正月に任じられた。(当時は御史大夫と称した。)八月に至り、大納言と改称した。】

元年壬申赤兄【八月に大海人皇子によって流罪に処された。】金【八月に大海人皇子によって殺害された。】果安【八月に自ら首を刎ねて死んだ。】 果安【八月に大海人皇子によって流罪に処された。】 大人 天武天皇元年癸酉大人 二年甲戌大人 三年乙亥大人 四年丙子大人 五年丁丑大人 六年戊寅大人 七年己卯大人 八年庚辰大人 舎人王【宮内卿を兼務した。六月に薨去した。(任官の年月は未詳である。)】 九年辛巳大人 十年壬午大人 十一年癸未大人【(以後の事跡は不明である。)一説には、この年の六月に薨去したという。】 大伴馬来田【六月に薨去した。(任官の年月は未詳である。)】 十二年甲申 十三年乙酉 朱鳥元年丙戌 持統天皇元年丁亥 二年戊子 三年己丑 四年庚寅高市皇子【七月に任じられた。】多治比島【七月に任じられた。】 五年辛卯高市皇子島 六年壬辰高市皇子島三輪高市麻呂【官年月未詳に任じられた。】 七年癸巳高市皇子島高市麻呂 八年甲午高市皇子島高市麻呂 九年乙未高市皇子島高市麻呂 十年丙申高市皇子【七月に薨去した。】島阿倍御主人【官年月未詳に任じられた。(『持統紀』によれば、元年正月に納言に任じたとする。)】高市麻呂 文武天皇元年年丁酉島御主人高市麻呂 二年戊戌島御主人高市麻呂 三年己亥島御主人高市麻呂 四年庚子多治比島【八月に任じられた。】島【八月に左大臣に昇進した。】御主人高市麻呂 大宝元年辛丑島【七月に薨去した。】阿倍御主人【三月に任じられた。】大伴御行【正月に任じられた。まもなく薨去した。】 御主人【三月に右大臣に昇進した。】 石上麻呂【三月に任じられた。】 藤原不比等【三月に任じられた。】 紀麻呂【三月に任じられた。】高市麻呂 大伴安麻呂【三月に任じられた。】 藤原不比等【三月に任じられた。まもなく大納言に昇進した。】 石上麻呂【三月に任じられた。まもなく大納言に昇進した。】 紀麻呂【三月に任じられた。まもなく大納言に昇進した。】 【(この年の三月、この官は廃止された。)後に慶雲二年四月に至り、再び置かれた。】 二年壬寅御主人石上麻呂 不比等 紀麻呂大伴安麻呂【五月に任じられた。これより先、式部卿を兼務した。六月に改めて兵部卿を兼務した。】 粟田真人【五月に任じられた。】 高向麻呂【五月に任じられた。】 下毛野古麻呂【五月に任じられた。】 小野毛野【五月に任じられた。】 三年癸卯忍壁親王【正月に任じられた。知太政官事となった、大臣の上位に列せられた。】御主人【閏四月に薨去した。】石上麻呂 不比等 紀麻呂安麻呂 真人 高向麻呂 古麻呂 毛野 慶雲元年甲辰忍壁親王石上麻呂【正月に任じられた。】石上麻呂【正月に右大臣に昇進した。】 不比等 紀麻呂安麻呂 真人 高向麻呂 古麻呂 毛野 二年乙巳忍壁親王【五月に薨去した。】 穂積親王【九月に知太政官事(太政官の政務の統轄)に任じられた。】石上麻呂不比等 紀麻呂【七月に薨去した。】 大伴安麻呂【八月に任じられた。】大伴安麻呂【四月に任じられた。八月に大納言に昇進した。】 粟田真人【四月に任じられた。】 高向麻呂【四月に任じられた。】 阿倍宿奈麻呂【四月に任じられた。】安麻呂【四月に中納言に昇進した。】 真人【四月に中納言に昇進した。】 高向麻呂【四月に中納言に昇進した。】 古麻呂【四月に兵部卿を兼務した。】 毛野【十一月に中務卿を兼務した。】 三年丙午穂積親王【二月に右大臣に准ぜられた。】石上麻呂不比等 安麻呂真人 高向麻呂 宿奈麻呂毛野 古麻呂 四年丁未 七月、元明天皇が即位した。穂積親王石上麻呂不比等 安麻呂真人 高向麻呂 宿奈麻呂毛野 古麻呂 和銅元年戊申穂積親王石上麻呂【三月に任じられた。】石上麻呂【三月に左大臣に昇進した。】 藤原不比等【三月に任じられた。】不比等【三月に右大臣に昇進した。】 安麻呂真人 高向麻呂【八月に薨去した。】 小野毛野【三月に任じられた。中務卿は引き続き元のとおりであった。】 宿奈麻呂 中臣意美麻呂【三月に任じられた。任神祇伯を兼務した。】毛野【三月に中納言に昇進した。】 古麻呂【三月に式部卿を兼務した。】 二年己酉穂積親王石上麻呂不比等安麻呂真人 宿奈麻呂 毛野 意美麻呂古麻呂【十二月に卒去した。】 三年庚戌穂積親王石上麻呂不比等安麻呂真人 宿奈麻呂 毛野 意美麻呂 四年辛亥穂積親王石上麻呂不比等安麻呂真人 宿奈麻呂 毛野 意美麻呂【閏六月に卒去した。】 五年壬子穂積親王石上麻呂不比等安麻呂真人 宿奈麻呂 毛野 六年癸丑穂積親王石上麻呂不比等安麻呂真人 宿奈麻呂 毛野 七年甲寅穂積親王石上麻呂不比等安麻呂【五月に薨去した。】真人 宿奈麻呂 毛野【四月に薨去した。】 霊亀元年乙卯 九月、元正天皇が即位した。穂積親王【七月に薨去した。】石上麻呂不比等真人 宿奈麻呂 巨勢麻呂【五月に任じられた。】 二年丙辰石上麻呂不比等真人 宿奈麻呂 巨勢麻呂 養老元年丁巳石上麻呂【三月に薨去した。】不比等真人 宿奈麻呂 巨勢麻呂【五月に薨去した。】藤原房前【十月に任じられた。】 二年戊午不比等長屋王【三月に任じられた。】 阿倍宿奈麻呂【三月に任じられた。】宿奈麻呂【三月に大納言に昇進した。】 真人 多治比池守【三月に任じられた。】 巨勢邑治【三月に任じられた。】 大伴旅人【三月に任じられた。中務卿を兼務した。】房前 三年己未不比等長屋王 宿奈麻呂真人【二月に薨去した。】 池守 邑治 旅人房前 四年庚申舎人親王【八月に知太政官事(太政官の政務の統轄)に任じられた。】不比等【八月に薨去した。】長屋王 宿奈麻呂【正月に薨去した。】池守 邑治 旅人房前 五年辛酉舎人親王長屋王【正月に任じられた。】長屋王【正月に右大臣に昇進した。】 多治比池守【正月に任じられた。】池守【正月に大納言に昇進した。】 邑治 旅人 藤原武智麻呂【正月に任じられた。】房前 多治比三宅麻呂【正月に任じられた。(以後の事跡は不明である。)】 六年壬戌舎人親王長屋王池守邑治 旅人 武智麻呂房前 阿倍広庭【二月に任じられた。】 七年癸亥舎人親王長屋王池守邑治 旅人 武智麻呂房前 広庭 神亀元年甲子 二月、聖武天皇が即位した。舎人親王長屋王【二月に任じられた。】長屋王【二月に左大臣に昇進した。】池守邑治【六月に薨去した。】 旅人 武智麻呂房前 広庭 二年乙丑舎人親王長屋王池守旅人 武智麻呂房前 広庭 三年丙寅舎人親王長屋王池守旅人 武智麻呂房前 広庭 四年丁卯舎人親王長屋王池守旅人 武智麻呂 阿倍広庭【十月に任じられた。】房前 広庭【十月に中納言に昇進した。】 五年戊辰舎人親王【左大臣の上位に列せられた。】長屋王池守旅人 武智麻呂 広庭房前 天平元年己巳舎人親王長屋王【二月に死を賜った(自害を命じられた)】池守 藤原武智麻呂【三月に任じられた。】旅人 武智麻呂【三月に大納言に昇進した。】 広庭房前【九月に中務卿を兼務した。これより先、中衛大将を兼務した。】 多治比県守【二月に権官に任じられた。】 石川石足【二月に権官に任じられた。八月に薨去した。】 大伴道足【二月に権官に任じられた。】 二年庚午舎人親王池守【九月に薨去した。】 武智麻呂 大伴旅人【十月に任じられた。】旅人【十月に大納言に昇進した。】 広庭房前 県守 道足 三年辛未舎人親王武智麻呂 旅人【七月に薨去した。】広庭房前 藤原宇合【八月に任じられた。式部卿を兼務した。】 県守【八月に正官となった。これより先、民部卿を兼務した。】 藤原麻呂【八月に任じられた。兵部卿を兼務した。】 鈴鹿王【八月に任じられた。大蔵卿を兼務した。】 橘諸兄【八月に任じられた。】 道足【八月に正官となった。】 四年壬申舎人親王武智麻呂広庭【二月に薨去した。】 多治比県守【正月に任じられた。引き続き民部卿を兼務した。】房前 宇合 県守【正月に中納言に昇進した。】 麻呂 鈴鹿王 諸兄 道足 五年癸酉舎人親王武智麻呂県守房前 宇合 麻呂 鈴鹿王 諸兄 道足 六年甲戌舎人親王藤原武智麻呂【正月に任じられた。】武智麻呂【正月に右大臣に昇進した。】県守房前 宇合 麻呂 鈴鹿王 諸兄 道足 七年乙亥舎人親王【十一月に薨去した。】武智麻呂県守房前 宇合 麻呂 鈴鹿王 諸兄 道足 八年丙子武智麻呂県守房前 宇合 麻呂 鈴鹿王 諸兄 道足 九年丁丑鈴鹿王【九月に知太政官事(太政官の政務の統轄)に任じられた。大臣に准ぜられた。】藤原武智麻呂【七月に任じられた。まもなく薨去した。】武智麻呂【七月に左大臣に昇進した。】橘諸兄【九月に任じられた。】県守【六月に薨去した。】 多治比広成【九月に任じられた。】房前【四月に薨去した。これより先、改めて民部卿を兼務した。】 宇合【八月に薨去した。】 麻呂【七月に薨去した。】 鈴鹿王【九月に知太政官事に昇進した。】 諸兄【九月に大納言に昇進した。】 道足 多治比広成【八月に任じられた。九月に中納言に昇進した。】 藤原豊成【十二月に任じられた。兵部卿を兼務した。】 十年戊寅鈴鹿王橘諸兄【正月に任じられた。】橘諸兄【正月に右大臣に昇進した。】広成【正月に式部卿を兼務した。】道足 豊成 十一年己卯鈴鹿王【五月に式部卿を兼務した。】諸兄広成【四月に薨去した。】道足 豊成 大野東人【四月に任じられた。】 巨勢奈氐麻呂【四月に任じられた。民部卿を兼務した。】 大伴牛養【四月に任じられた。】 県犬養石次【四月に任じられた。】 十二年庚辰鈴鹿王諸兄道足 豊成【正月に中衛大将を兼務した。】 東人 奈氐麻呂 牛養 石次 十三年辛巳鈴鹿王諸兄東人 奈氐麻呂【七月に神祇伯を兼務した。】 道足【(以下は不明である。)】 豊成 牛養 石次 十四年壬午鈴鹿王諸兄東人【十一月に薨去した。】 奈氐麻呂 豊成 牛養 石次【十月に卒去した。】

十五年癸未鈴鹿王橘諸兄【五月に任じられた。】諸兄【五月に左大臣に昇進した。】巨勢奈氐麻呂【五月に任じられた。】 藤原豊成【五月に任じられた。中衛大将は引き続き元のとおりであった。】奈氐麻呂【五月に中納言に昇進した。】 豊成【五月に中納言に昇進した。】 牛養 藤原仲麻呂【五月に任じられた。民部卿を兼務した。】 紀麻呂【五月に任じられた。】 十六年甲申鈴鹿王諸兄奈氐麻呂 豊成牛養【二月に兵部卿を兼務した。】 仲麻呂 麻呂 十七年乙酉鈴鹿王【九月に薨去した。】諸兄奈氐麻呂 豊成牛養 仲麻呂 麻呂 十八年丙戌諸兄奈氐麻呂 豊成牛養 仲麻呂【三月に改めて式部卿を兼務した。】 麻呂【三月に民部卿を兼務した。】 十九年丁亥諸兄奈氐麻呂 豊成牛養 仲麻呂 麻呂 廿年戊子諸兄藤原豊成【三月に任じられた。引き続き中衛大将を兼務した。】奈氐麻呂 豊成【三月に大納言に昇進した。】仲麻呂 牛養 石上乙麻呂【三月に任じられた。中務卿を兼務した。】 麻呂 多治比広足【三月に任じられた。】 石川年足【三月に任じられた。】 藤原真楯【三月に任じられた。治部卿を兼務した。】 天平勝宝元年己丑 七月、孝謙天皇が即位した。諸兄藤原豊成【四月に任じられた。七月に中衛大将を罷免された。】豊成【四月に右大臣に昇進した。】 巨勢奈氐麻呂【四月に任じられた。】 藤原仲麻呂【七月に任じられた。中衛大将を兼務した。】奈氐麻呂【四月に大納言に昇進した。】 大伴牛養【四月に任じられた。閏五月に薨去した。】 石上乙麻呂【七月に任じられた。】 紀麻呂【七月に任じられた。八月に式部卿を兼務した。】 多治比広足【七月に任じられた。】仲麻呂【七月に大納言に昇進した。】 牛養【四月に中納言に昇進した。】 乙麻呂【七月に中納言に昇進した。】 麻呂【七月に中納言に昇進した。】 広足【七月に中納言に昇進した。】 大伴兄麻呂【七月に任じられた。】 橘奈良麻呂【七月に任じられた。】 年足【式部卿を兼務した。(兼務した年月は未詳である。)】 真楯 藤原清河【七月に任じられた。】 二年庚寅諸兄豊成奈氐麻呂 仲麻呂麻呂 乙麻呂【九月に薨去した。】 広足兄麻呂 奈良麻呂 年足 真楯 清河 三年辛卯諸兄豊成奈氐麻呂 仲麻呂麻呂 広足兄麻呂 奈良麻呂 年足 真楯 清河【ある月に民部卿を兼務した。】 四年壬辰諸兄豊成奈氐麻呂 仲麻呂麻呂 広足兄麻呂 清河 奈良麻呂 年足 真楯 五年癸巳諸兄豊成奈氐麻呂【三月に薨去した。これより先、造宮卿を兼務した。】 仲麻呂麻呂 広足兄麻呂 年足 清河 奈良麻呂 真楯 六年甲午諸兄豊成仲麻呂麻呂 広足兄麻呂 年足 清河 奈良麻呂 真楯 七年乙未諸兄豊成仲麻呂麻呂 広足兄麻呂 年足 清河 奈良麻呂 真楯 八年丙申諸兄【二月に致仕した。】豊成仲麻呂麻呂 広足 藤原永手【五月に権官に任じられた。】兄麻呂 年足 清河 奈良麻呂 真楯 天平宝字元年丁酉豊成【七月に太宰員外帥に左遷された。】藤原仲麻呂【五月に紫微内相に任じられた。その俸禄はすべて大臣に准じた。】仲麻呂【五月に紫微内相に昇進した。】広足【八月に薨去した。】 麻呂【七月に薨去した。】 永手【五月に正官となった。中務卿を兼務した。(兼務した年月は未詳である。)】 石川年足【八月に任じられた。引き続き神祇伯及兵部卿を兼務した。】年足【六月に神祇伯及兵部卿を兼務した。八月に権中納言に昇進した。】 兄麻呂 文室浄三【六月に任じられた。治部卿を兼務した。】 巨勢界麻呂【八月に任じられた。】 真楯 清河 奈良麻呂【(以後の事跡は不明である。)】 阿倍沙弥麻呂【八月に任じられた。】 紀飯麻呂【八月に任じられた。】 二年戊戌 八月 廃帝即位藤原仲麻呂【八月に任じられた。】仲麻呂【八月に大保に昇進した。この年の八月に(太政官が)「大政官」と称された。後に八年九月に至り、旧に復した(元に戻された)】年足 永手浄三 兄麻呂【(以後の事跡は不明である。)】 界麻呂【兵部卿を兼務した。(兼務した年月は未詳である。)】 清河 沙弥麻呂【三月に卒去した。これより先、中務卿を兼務した。】 飯麻呂 真楯【八月に中務卿を兼務した。】 三年己亥仲麻呂年足 永手浄三 界麻呂 清河 飯麻呂【十一月に義部卿を兼務した。】 真楯 藤原御楯【六月に任じられた。】 四年庚子藤原仲麻呂【正月に任じられた。】仲麻呂【正月に大帥に昇進した。】石川年足【正月に任じられた。】年足【正月に御史大夫に昇進した。】 永手 文室浄三【正月に任じられた。】浄三【正月に中納言に昇進した。】 界麻呂 清河【二月に文部卿を兼務した。】 飯麻呂 御楯 真楯【正月に太宰帥となった。】 阿倍島麻呂【八月に任じられた。】 五年辛丑仲麻呂年足永手 浄三界麻呂【四月に薨去した。】 御楯 飯麻呂 清河 島麻呂【三月に卒去した。】 六年壬寅仲麻呂年足【九月に薨去した。】 文室浄三【正月に任じられた。十二月に神祇伯を兼務した。】浄三【正月に御史大夫に昇進した。】 永手 冰上塩焼【十二月に任じられた。】 白壁王【十二月に任じられた。】 藤原真楯【十二月に任じられた。信部卿を兼務した。】真楯【十二月に中納言に昇進した。これより先、再任されていた。】 御楯 藤原巨勢麻呂【正月に任じられた。式部卿を兼務した。(兼務した年月は未詳である。)】飯麻呂【七月に薨去した。】 藤原弟貞【十二月に任じられた。】 冰上塩焼【正月に任じられた。信部卿を兼務した。十二月に中納言に昇進した。】 藤原真先【正月に任じられた。】 清河 藤原訓儒麻呂【十二月に任じられた。】 藤原朝臈【十二月に任じられた。仁部卿を兼務した。】 大中臣清麻呂【十二月に任じられた。】 石川豊成【十二月に任じられた。】 七年癸卯仲麻呂浄三永手【正月に式部卿を兼務した。】 塩焼 白壁王 真楯弟貞【十月に薨去した。これより先、礼部卿を兼務した。】 御楯 巨勢麻呂 真先 清河 訓儒麻呂 朝臈 清麻呂 豊成 八年甲辰仲麻呂【九月に誅殺された。】藤原豊成【九月に再任された。】僧道鏡【九月に大臣禅師となった。その官職と封禄は、すべて大臣に准じた。】浄三【九月に致仕した。】 藤原永手【九月に任じられた。】永手【九月に大納言に昇進した。】 白壁王 真楯 塩焼【八月に文部卿を兼務した。九月に誅殺された。】御楯【六月に薨去した。】 巨勢麻呂【九月に誅殺された。】 清河 山村王【九月に任じられた。】 和気王【九月に任じられた。十月に兵部卿を兼務した。】 吉備真備【九月に任じられた。中衛大将を兼務した。】 真先【九月に誅殺された。】 清麻呂 豊成【十月に大蔵卿を兼務した。】訓儒麻呂【九月に誅殺された。】 朝臈【九月に誅殺された。】 藤原縄麻呂【九月に任じられた。】 粟田道麻呂【九月に任じられた。】 弓削浄人【九月に任じられた。】 天平神護元年乙巳 称徳天皇即位僧道鏡【閏十月に任じられた。】豊成【十一月に薨去した。】僧道鏡【閏十月に太政大臣に昇進した。】永手白壁王 真楯真備 清河 山村王【二月に治部卿を兼務した。】 和気王【八月に誅殺された。】 清麻呂【神祇伯を兼務した。(兼務した年月は未詳である。)】 豊成 縄麻呂 道麻呂【八月に飛驒員外介に左遷された。】 浄人 二年丙午僧道鏡【十月に法王位を授けられた。】藤原永手【十月に任じられた。】藤原永手【正月に任じられた。十月に左大臣に昇進した。】 吉備真備【十月に任じられた。中衛大将は引き続き元のとおりであった。】永手【正月に右大臣に昇進した。】 白壁王【正月に任じられた。】 藤原真楯【正月に任じられた。三月に薨去した。】 吉備真備【三月に任じられた。中衛大将は引き続き元のとおりであった。十月に右大臣に昇進した。】 僧円興【十月に法臣となった。また、大納言に准ぜられた。(以後の事跡は不明である。)】白壁王【正月に大納言に昇進した。】 真楯【正月に大納言に昇進した。】 吉備真備【正月に任じられた。中衛大将は引き続き元のとおりであった。三月に大納言に昇進した。】 弓削浄人【十月に任じられた。】清河 真備【正月に中納言に昇進した。】 山村王 豊成 文室大市【七月に任じられた。】 清麻呂 縄麻呂【民部卿を兼務した。(兼務した年月は未詳である。)】 石上宅嗣【正月に任じられた。】 藤原田麻呂【七月に任じられた。外衛大将、兵部卿を兼務した。】 浄人【十月に中納言に昇進した。】 藤原継縄【七月に任じられた。】 僧基真【十月に法参議となった。また、参議に准ぜられた。】 神護景雲元年丁未永手真備白壁王浄人【七月に内豎卿を兼務した。】清河 山村王【十一月に薨去した。】 豊成 大市 清麻呂 縄麻呂 宅嗣 田麻呂 継縄 僧基真 二年戊申永手真備白壁王 弓削浄人【二月に任じられた。】浄人【二月に大納言に昇進した。】 大中臣清麻呂【二月に任じられた。引き続き神祇伯を兼務した。】清麻呂【二月に中納言に昇進した。】 清河 豊成【十一月に宮内卿を兼務した。】 大市【中務卿を兼務した。(兼務した年月は未詳である。)】 縄麻呂 宅嗣【式部卿を兼務した。(兼務した年月は未詳である。)】 藤原魚名【二月に任じられた。大蔵卿を兼務した。】 田麻呂 継縄【十一月に外衛大将を兼務した。】 僧基真【十二月に飛驒に追放された。】 三年己酉永手真備白壁王 浄人清麻呂清河 豊成 大市 縄麻呂 宅嗣 魚名 田麻呂 継縄 宝亀元年庚戌

十月、光仁天皇が即位した。永手真備【十月に中衛大将を罷免された。】白壁王【八月に皇太子となった。】 浄人【八月に配流された。】 大中臣清麻呂【七月に任じられた。】清麻呂【七月に大納言に昇進した。】 藤原良継【八月に任じられた。九月に式部卿を兼務した。】 文室大市【十月に任じられた。引き続き中務卿を兼務した。】 石川豊成【十月に員外官に任じられた。また、引き続き宮内卿を兼務した。】豊成【十月に員外中納言に昇進した。(一説には八月とする。)】 大市【十月に中納言に昇進した。】 魚名 清河 藤原良継【七月に任じられた。兵部卿を兼務した。八月に中納言に昇進した。】宅嗣 縄麻呂 田麻呂 多治比土作【七月に任じられた。治部卿を兼務した。】継縄 二年辛亥永手【二月に薨去した。】真備【三月に致仕した。】 大中臣清麻呂【三月に任じられた。引き続き東宮傅を兼務した。】藤原良継【三月に内臣に任じられた。】清麻呂【正月に東宮傅を兼務した。三月に右大臣に昇進した。】 文室大市【三月に任じられた。引き続き中務卿を兼務した。十二月に改めて治部卿を兼務した。】 藤原魚名【三月に任じられた。十二月に中務卿を兼務した。】良継【三月に内臣に昇進した。】 豊成【三月に正官となった。】 大市【三月に大納言に昇進した。】 藤原縄麻呂【三月に任じられた。】 石上宅嗣【十一月に任じられた。式部卿は引き続き元のとおりであった。】魚名【三月に大納言に昇進した。】 宅嗣【三月に式部卿を兼務した。十一月に中納言に昇進した。】 清河 縄麻呂【三月に中納言に昇進した。】 継縄 田麻呂【七月に兵部卿を兼務した。】 藤原百川【十一月に任じられた。】 土作【六月に卒去した。】 阿倍毛人【十一月に任じられた。】 三年壬子清麻呂【五月に東宮傅を罷免された。】良継大市 魚名豊成【九月に薨去した。】 縄麻呂 宅嗣清河 継縄【二月に大蔵卿を兼務した。十一月に改めて宮内卿を兼務した。】 田麻呂 百川 藤原楓麻呂【四月に任じられた。】 毛人【十一月に卒去した。】 藤原濱成【四月に任じられた。十一月に大蔵卿を兼務した。】 四年癸丑清麻呂良継大市 魚名【ある月に近衛大将を兼務した。】縄麻呂【ある月に東宮傅を兼務した。】 宅嗣清河 継縄 田麻呂 百川 楓麻呂 濱成 五年甲寅清麻呂良継大市【三月に再び中務卿を兼務した。】 魚名【九月に中務卿を新たに兼ねた。】縄麻呂 宅嗣清河 継縄【九月に兵部卿を兼務した。】 藤原蔵下麻呂【五月に任じられた。】 田麻呂 楓麻呂 百川 藤原是公【五月に任じられた。】 濱成【三月に刑部卿を兼務した。】 六年乙卯清麻呂良継大市 魚名縄麻呂 宅嗣清河 継縄 田麻呂 蔵下麻呂【七月に薨去した。】 楓麻呂【大蔵卿を兼務した。(兼務した年月は未詳である。)】 百川 濱成 是公 大伴駿河麻呂【九月に任じられた。】 紀広庭【九月に任じられた。】 七年丙辰清麻呂良継大市 魚名縄麻呂 宅嗣清河 継縄 田麻呂 楓麻呂【六月に薨去した。】 濱成 百川 是公 駿河麻呂【七月に卒去した。】 広庭 八年丁巳清麻呂良継【正月に内大臣となった。九月に薨去した。】大市【十月に致仕した。】 魚名縄麻呂 宅嗣【十月に中務卿を兼務した。】清河 継縄 田麻呂 濱成 百川【十月に式部卿を兼務した。】 是公 藤原家依【十月に任じられた。治部卿を兼務した。】 広庭【六月に卒去した。】 九年戊午清麻呂藤原魚名【三月に内臣に任じられた。まもなく内臣を改めて忠臣とした、引き続き近衛大将を兼務した。】魚名【三月に内臣に昇進した。】縄麻呂 宅嗣清河【ある月に薨去した。】 継縄 田麻呂 濱成 百川【二月に中衛大将を兼務した。】 是公 家依 大伴伯麻呂【正月に任じられた。宮内卿を兼務した。】 石川名足【二月に任じられた。】 十年己未清麻呂魚名【正月に改めて内大臣となった。】縄麻呂【九月に中衛大将を兼務した。これより先、敕旨卿、式部卿を兼務した。十二月に薨去した。】 宅嗣継縄 田麻呂【九月に中務卿を兼務した。十二月に中衛権大将を兼務した。】 濱成 是公 百川【七月に薨去した。】 家依 伯麻呂 藤原乙縄【九月に任じられた。刑部卿を兼務した。】 藤原小黒麻呂【十二月に任じられた。】 名足 十一年庚申清麻呂魚名石上宅嗣【二月に任じられた。】宅嗣【二月に大納言に昇進した。】 藤原田麻呂【二月に任じられた。引き続き中務卿、中衛権大将を兼務した。】 藤原継縄【二月に任じられた。】田麻呂【二月に中納言に昇進した。】 濱成 継縄【二月に中納言に昇進した。】 是公 家依 大伴家持【二月に任じられた。】 伯麻呂 神王【二月に任じられた。】 小黒麻呂 乙縄 紀広純【二月に任じられた。三月に卒去した。】 名足 天応元年辛酉

四月、桓武天皇が即位した。藤原魚名【六月に任じられた。】清麻呂【六月に致仕した。】魚名【六月に左大臣に昇進した。】宅嗣【六月に薨去した。これより先、東宮傅を兼務した。】 藤原田麻呂【四月に任じられた。まもなく近衛大将を兼務した、東宮傅は引き続き元のとおりであった。】田麻呂【四月に東宮傅を新たに兼ねた。六月に大納言に昇進した。】 藤原是公【九月に任じられた。式部卿を兼務した、中衛大将は引き続き元のとおりであった。】 継縄【五月に中務卿を兼務した。】是公【六月に式部卿、中衛大将を兼務した。九月に中納言に昇進した。】 小黒麻呂【五月に兵部卿を兼務した。七月に改めて民部卿を兼務した。】 濱成 家依【七月に兵部卿を兼務した。】 家持 伯麻呂 神王 乙縄【六月に卒去した。】 名足 大中臣子老【六月に任じられた。神祇伯を兼務した。】紀船守【六月に任じられた。】 延暦元年壬戌魚名【六月に事件に連座して免官された。】藤原田麻呂【六月に任じられた。近衛大将、東宮傅は引き続き元のとおりであった。】田麻呂【六月に右大臣に昇進した。】 藤原是公【六月に任じられた。引き続き式部卿、中衛大将を兼務した。】是公【六月に大納言に昇進した。】 継縄小黒麻呂 濱成【閏正月に事件に連座して免官された。】 家依 家持【閏正月に事件に連座して免官された。四月に再任された。】 伯麻呂【二月に卒去した。】 神王 名足 船守 藤原種継【二月に任じられた。】 子老 紀家守【六月に任じられた。】 二年癸亥藤原田麻呂【三月に薨去した。】 藤原是公【七月に任じられた。引き続き中衛大将を兼務した。】是公【七月に右大臣に昇進した。】 藤原継縄【七月に任じられた。引き続き中務卿を兼務した。】継縄【七月に大納言に昇進した。】 大伴家持【七月に任じられた。】小黒麻呂 家持【七月に中納言に昇進した。】 家依 種継【七月に式部卿を兼務した。】 名足 船守 神王 子老 家守 三年甲子是公継縄藤原小黒麻呂【正月に任じられた。】 藤原種継【正月に任じられた。式部卿は引き続き元のとおりであった。】 家持小黒麻呂【正月に中納言に昇進した。】 種継【正月に中納言に昇進した。】 家依 佐伯今毛人【十二月に任じられた。】 名足 船守 神王【四月に大蔵卿を兼務した。】 子老 家守【四月に卒去した。】 四年乙丑是公継縄【十一月に皇太子傅を兼務した。】小黒麻呂【七月に中務卿を兼務した。】 種継【九月に盗によって殺害された。】 家持【八月に薨去した。】 石川名足【十一月に任じられた。】 紀船守【十一月に任じられた。引き続き近衛大将を兼務した。】今毛人【七月に民部卿を兼務した。】 家依【六月に薨去した。】 名足【十一月に中納言に昇進した。】 船守足【正月に近衛大将を兼務した。十一月に中納言に昇進した。】 神王 子老【五月に宮内卿を兼務した。】 紀古佐美【十月に任じられた。】 五年丙寅是公継縄【四月に民部卿を新たに兼ねた。】小黒麻呂 名足【六月に兵部卿を兼務した。】 船守【二月に式部卿を兼務した。】今毛人 神王 子老【二月に治部卿を兼務した。六月に改めて宮内卿を兼務した。】 古佐美 六年丁卯是公継縄小黒麻呂 名足 船守今毛人 神王 壱志濃王【八月に任じられた。治部卿を兼務した。】 子老 古佐美 七年戊辰是公継縄小黒麻呂 名足【六月に薨去した。】 船守今毛人 神王 壱志濃王 子老 古佐美 八年己巳是公【九月に薨去した。】継縄【十月に中衛大将を兼務した。】小黒麻呂 船守今毛人【正月に致仕した。】 多治比長野【正月に任じられた。兵部卿を兼務した。十二月に薨去した。】神王 壱志濃王 子老【正月に卒去した。】 古佐美 九年庚午藤原継縄【二月に任じられた。中衛大将、皇太子傅は引き続き元のとおりであった。】継縄【二月に右大臣に昇進した。】 藤原小黒麻呂【二月に任じられた。引き続き中務卿を兼務した。】小黒麻呂【二月に大納言に昇進した。】 船守神王 古佐美 壱志濃王 大伴潔足【二月に任じられた。三月に兵部卿を兼務した。】 石川真守【二月に任じられた。】 大中臣諸魚【二月に任じられた。三月に神祇伯を兼務した。】 藤原雄友【二月に任じられた。】 十年辛未継縄小黒麻呂 紀船守【正月に任じられた。引き続き近衛大将、式部卿を兼務した。】船守【三月に大納言に昇進した。】神王 古佐美 壱志濃王 潔足 真守 諸魚 雄友 十一年壬申継縄小黒麻呂 船守【四月に薨去した。】神王 古佐美 壱志濃王 潔足【十月に卒去した。】 真守 諸魚【四月に近衛大将を兼務した。】 雄友【二月に大蔵卿を兼務した。】 十二年癸酉継縄小黒麻呂神王 古佐美 壱志濃王 真守 諸魚 雄友 十三年甲戌継縄小黒麻呂【七月に薨去した。】紀古佐美【十月に任じられた。】 神王【十月に任じられた。】 壱志濃王【十月に任じられた。治部卿は引き続き元のとおりであった。】古佐美【十月に中納言に昇進した。】 神王【十月に中納言に昇進した。】 壱志濃王【十月に中納言に昇進した。】 真守 諸魚【二月に治部卿を兼務した。】 雄友 藤原内麻呂【十月に任じられた。刑部卿を兼務した。】 藤原真友【十月に任じられた。】 藤原乙叡【十月に任じられた。】 十四年乙亥継縄古佐美【正月に式部卿を兼務した。】 神王 壱志濃王真守 諸魚 雄友 内麻呂 真友 乙叡 十五年丙子継縄【七月に薨去した。】紀古佐美【七月に任じられた。引き続き式部卿を兼務した。】

神王【七月に任じられた。】壱志濃王

古佐美【七月に大納言に昇進した。】

神王【七月に大納言に昇進した。】真守

諸魚

雄友【十二月に中衛大将を兼務した。】

内麻呂

和気家麻呂【三月に任じられた。】

真友

乙叡

紀勝長【正月に任じられた。】 十六年丁丑古佐美【二月に東宮傅を新たに兼ねた。四月に薨去した。】

神王壱志濃王真守【三月に刑部卿を兼務した。】

諸魚【二月に卒去した。】

雄友【三月に中衛大将を罷免された。】

内麻呂【三月に近衛大将を兼務した。】

家麻呂【七月に兵部卿を兼務した。】

真友【二月に大蔵卿を兼務した。六月に卒去した。】

乙叡【三月に中衛大将を兼務した。】

勝長 十七年戊寅神王【八月に任じられた。引き続き中務卿を兼務した。】神王【閏五月に中務卿を兼務した。八月に右大臣に昇進した。】

壱志濃王【八月に任じられた。】壱志濃王【八月に大納言に昇進した。】

和気家麻呂【八月に任じられた。】

藤原雄友【八月に任じられた。】

藤原内麻呂【八月に任じられた。引き続き近衛大将を兼務した。】真守【四月に致仕した。】

乙叡

勝長

家麻呂【八月に中納言に昇進した。】

雄友【八月に中納言に昇進した。】

内麻呂【八月に中納言に昇進した。】

藤原縄主【八月に任じられた。】 十八年己卯神王壱志濃王家麻呂【二月に治部卿を兼務した。六月に改めて中務卿を兼務した。】

雄友【二月に中務卿を兼務した。六月に改めて民部卿を兼務した。】

内麻呂乙叡【四月に兵部卿を兼務した。】

勝長

縄主 十九年庚辰神王壱志濃王家麻呂

雄友

内麻呂乙叡

勝長

縄主 廿年辛巳神王壱志濃王家麻呂

雄友

内麻呂乙叡

勝長

縄主 廿一年壬午神王壱志濃王家麻呂

雄友

内麻呂乙叡

勝長

縄主

藤原緒嗣【六月に任じられた。】 廿二年癸未神王壱志濃王家麻呂【四月に薨去した。】

雄友

内麻呂

乙叡乙叡【閏十月に権中納言に昇進した。】

勝長

縄主

緒嗣 廿三年甲申神王壱志濃王雄友

内麻呂

乙叡勝長

縄主

緒嗣 廿四年乙酉神王壱志濃王【十一月に薨去した。】雄友

内麻呂

乙叡坂上田村麻呂【六月に任じられた。】

勝長

縄主

菅野真道【正月に任じられた。】

緒嗣

秋篠安人【正月に任じられた。】 大同元年丙戌

三月、平城天皇が即位した。神王【四月に薨去した。】

藤原内麻呂【五月に任じられた。引き続き近衛大将を兼務した。】藤原雄友【四月に任じられた。引き続き民部卿を兼務した。】

藤原内麻呂【四月に任じられた。また、引き続き近衛大将を兼務した。五月に右大臣に昇進した。】雄友【四月に大納言に昇進した。】

内麻呂【四月に大納言に昇進した。】

乙叡【四月に正官となった。中衛大将を罷免された、引き続き兵部卿を兼務した。】

紀勝長【四月に任じられた。十月に薨去した。】

坂上田村麻呂【四月に任じられた。中衛大将を兼務した。】勝長【四月に中納言に昇進した。】

田村麻呂【四月に中納言に昇進した。】

真道

縄主

緒嗣

安人

藤原葛野麻呂【三月に権官に任じられた。また、宮内卿を兼務した。四月に正官となった。また、式部卿を兼務した。】

藤原園人【三月に権官に任じられた。また、宮内卿を兼務した。四月に正官となった。五月に皇太弟傅を新たに兼ねた。】

吉備泉【閏六月に准参議となった。】

阿倍兄雄【閏六月に准参議となった。】 二年丁亥内麻呂雄友【十一月に配流された。】乙叡【十一月に事件に連座して免官された。】

田村麻呂【十一月に兵部卿を新たに兼ねた。】縄主

緒嗣

真道

葛野麻呂

園人

安人

泉

兄雄

【この年の四月に参議の号を廃した。また、観察使と称した。弘仁元年六月に至り、改めて参議を復した。】 三年戊子内麻呂田村麻呂【十一月に兵部卿を新たに兼ねた。】

藤原葛野麻呂【二月に任じられた。引き続き式部卿を兼務した。】 四年己丑

四月、嵯峨天皇が即位した。内麻呂田村麻呂

葛野麻呂【四月に皇太子傅を新たに兼ねた。】

藤原園人【九月に任じられた。民部卿を兼務した。】 弘仁元年庚寅内麻呂藤原園人【二月に任じられた。引き続き民部卿を兼務した。九月に皇太弟傅を新たに兼ねた。】

坂上田村麻呂【九月に任じられた。引き続き右近衛大将、兵部卿を兼務した。】田村麻呂【九月に大納言に昇進した。】

葛野麻呂【九月に皇太子傅を罷免された。】

園人【二月に大納言に昇進した。】縄主【六月に任じられた。】

真道【六月に任じられた。七月に宮内卿を兼務した。】

緒嗣【六月に任じられた。】

泉【六月に任じられた。】

藤原仲成【六月に任じられた。九月に諫死した。】

藤原真夏【六月に任じられた。九月に備中権守に左遷された。】

紀広濱【九月に任じられた。】

多入鹿【六月に任じられた。九月に讃岐権守に左遷された。】

文室綿麻呂【九月に任じられた。大蔵卿を兼務した。】

巨勢野足【九月に任じられた。】

安人【九月に任じられた。】

二年辛卯内麻呂園人

田村麻呂【五月に薨去した。】葛野麻呂縄主

真道【正月に致仕した。】

綿麻呂

緒嗣

泉【ある月に刑部卿を兼務した。】

野足【六月に右近衛大将を兼務した。】

安人

広濱

藤原冬嗣【正月に任じられた。】 三年壬辰内麻呂【十月に薨去した。】

藤原園人【十二月に任じられた。引き続き春宮傅を兼務した。】園人【十二月に右大臣に昇進した。】葛野麻呂【十二月に民部卿を兼務した。】

巨勢野足【正月に任じられた。引き続き右近衛大将を兼務した。】

藤原縄主【十二月に任じられた。引き続き兵部卿を兼務した。】縄主【正月に兵部卿を兼務した。十二月に中納言に昇進した。】

野足【正月に中納言に昇進した。】

綿麻呂

緒嗣

泉

冬嗣【十二月に左近衛大将を兼務した。】

安人

広濱

藤原藤嗣【正月に任じられた。】 四年癸巳園人葛野麻呂

野足

縄主綿麻呂

泉

緒嗣

冬嗣

安人

藤嗣

広濱 五年甲午園人葛野麻呂

野足

縄主綿麻呂

泉【閏七月に卒去した。】

緒嗣【八月に宮内卿を兼務した。】

冬嗣

安人

藤嗣

広濱 六年乙未園人葛野麻呂

野足

縄主綿麻呂

冬嗣

緒嗣

安人

広濱

藤嗣 七年丙申園人葛野麻呂

野足【十二月に薨去した。】

縄主

藤原冬嗣【十月に権官に任じられた。また、引き続き左近衛大将を兼務した。】緒嗣

綿麻呂【十二月に右近衛大将を兼務した。】

安人

広濱

冬嗣【十月に権中納言に昇進した。】

藤嗣

良岑安世【十月に任じられた。】

藤原三守【十月に任じられた。】 八年丁酉園人葛野麻呂

縄主【九月に薨去した。】

冬嗣【二月に正官となった。】

藤原緒嗣【十月に権官に任じられた。また、引き続き宮内卿を兼務した。】綿麻呂【十一月に兵部卿を兼務した。】

緒嗣【十月に権中納言に昇進した。】

安人

藤嗣【三月に卒去した。】

広濱

安世

三守

多治比今麻呂【十月に任じられた。十一月に大蔵卿を兼務した。】 九年戊戌園人【十二月に薨去した。】藤原冬嗣【六月に任じられた。引き続き左近衛大将を兼務した。】葛野麻呂【十一月に薨去した。】

冬嗣【六月に大納言に昇進した。】

緒嗣【六月に改めて民部卿を兼務した。】

文室綿麻呂【六月に任じられた。引き続き兵部卿、右近衛大将を兼務した。】安人

綿麻呂【六月に中納言に昇進した。】

広濱

今麻呂【六月に宮内卿を兼務した。】 安世

三守 十年己亥冬嗣緒嗣

綿麻呂安人

広濱【七月に卒去した。】

今麻呂

安世

三守

春原五百枝【三月に任じられた。】

藤原貞嗣【三月に任じられた。ある月に宮内卿を兼務した。】

安倍寬麻呂【三月に任じられた。治部卿を兼務した。】 十一年庚子冬嗣緒嗣

綿麻呂五百枝【正月に治部卿を兼務した。】

安人【正月に致仕した。】

安世

今麻呂

三守

寬麻呂【十一月に卒去した。】

貞嗣 十二年辛丑藤原冬嗣【正月に任じられた。引き続き左近衛大将を兼務した。】藤原冬嗣【正月に右大臣に昇進した。】

藤原緒嗣【正月に任じられた。引き続き民部卿を兼務した。】緒嗣【正月に大納言に昇進した。】

綿麻呂

良岑安世【正月に任じられた。】

藤原貞嗣【正月に任じられた。ある月に引き続き宮内卿を兼務した。】

藤原三守【正月に権官に任じられた。】五百枝

今麻呂

安世【正月に中納言に昇進した。】

三守【正月に権中納言に昇進した。】

貞嗣【正月に中納言に昇進した。】

真世王【正月に任じられた。】 十三年壬寅冬嗣緒嗣綿麻呂

安世

貞嗣

三守五百枝

今麻呂

真世王

小野岑守【三月に任じられた。】

橘常主【三月に任じられた。】 十四年癸卯

四月、淳和天皇が即位した。冬嗣緒嗣【四月に東宮傅を新たに兼ねた。】綿麻呂【四月に薨去した。】

安世【五月に右近衛大将を兼務した。】

貞嗣

三守【五月に正官となった。十一月に致仕した。】五百枝【九月に刑部卿を兼務した。】

今麻呂

真世王

岑守

常主

藤原道雄【五月に任じられた。宮内卿を兼務した。九月に卒去した。】

伴国道【五月に任じられた。】

清原夏野【十一月に任じられた。】 天長元年甲辰冬嗣緒嗣安世

貞嗣【正月に薨去した。】五百枝

今麻呂

真世王

岑守

常主

夏野

国道 二年乙巳藤原冬嗣【四月に任じられた。引き続き左近衛大将を兼務した。】藤原冬嗣【四月に左大臣に昇進した。】

藤原緒嗣【四月に任じられた。引き続き東宮傅を兼務した。】緒嗣【四月に右大臣に昇進した。】安世

清原夏野【七月に任じられた。】五百枝【七月に民部卿を兼務した。】

今麻呂【八月に薨去した。】

真世王

夏野【七月に中納言に昇進した。】

岑守

常主

国道

藤原綱継【七月に任じられた。】

南淵弘貞【七月に任じられた。】 三年丙午藤原冬嗣【二月に左近衛大将を罷免された。七月に薨去した。】緒嗣安世

夏野【八月に左近衛大将を兼務した。九月に民部卿を新たに兼ねた。】五百枝【五月に民部卿を罷免された。九月に中務卿を兼務した。】

真世王

綱継【九月に兵部卿を兼務した。】

国道

岑守

常主【六月に卒去した。】

弘貞

藤原愛発【二月に任じられた。九月に大蔵卿を兼務した。】

四年丁未緒嗣安世

夏野五百枝

真世王

綱継

国道

岑守

愛発

弘貞 五年戊申緒嗣良岑安世【三月に任じられた。右近衛大将は引き続き元のとおりであった。】

藤原三守【三月に任じられた。兵部卿を兼務した。】

清原夏野【三月に権官に任じられた。左近衛大将は引き続き元のとおりであった。】安世【三月に大納言に昇進した。】

夏野【三月に権大納言に昇進した。】五百枝

真世王

綱継【五月に致仕した。】

国道【十一月に卒去した。】

岑守【九月に刑部卿を兼務した。】

弘貞

愛発

三原春上【三月に任じられた。】

藤原吉野【五月に任じられた。】 六年己酉緒嗣安世

三守

夏野五百枝【十二月に薨去した。】

真世王

岑守

弘貞【正月に宮内卿を兼務した。】

愛発

春上

吉野 七年庚戌緒嗣安世【七月に薨去した。】

三守

夏野【九月に正官となった。】真世王【六月に任じられた。中務卿を兼務した。】 真世王【六月に中納言に昇進した。】

岑守【四月に卒去した。】

弘貞【五月に刑部卿を兼務した。】

愛発

春上

吉野【八月に右近衛大将を兼務した。】

文室秋津【正月に任じられた。(『続日本後紀』では六年とする。)】 八年辛亥緒嗣三守

夏野真世王弘貞

愛発

吉野

春上

秋津

源信【七月に任じられた。治部卿を兼務した。】

清原長谷【七月に任じられた。】

藤原常嗣【七月に任じられた。】 九年壬子藤原緒嗣【十一月に任じられた。引き続き皇太子傅を兼務した。】緒嗣【十一月に左大臣に昇進した。】

清原夏野【十一月に任じられた。左近衛大将は引き続き元のとおりであった。】三守

夏野【十一月に右大臣に昇進した。】真世王

源常【十一月に任じられた。兵部卿を兼務した。】

藤原愛発【十一月に任じられた。民部卿を兼務した。】

藤原吉野【十一月に権官に任じられた。右近衛大将は引き続き元のとおりであった。】弘貞

愛発【十一月に中納言に昇進した。】

吉野【十一月に権中納言に昇進した。】

信

春上【十一月に治部卿を兼務した。】

秋津

長谷

常嗣 十年癸丑

二月、仁明天皇が即位した。緒嗣【二月に皇太子傅を罷免された。】夏野三守【三月に皇太子傅を兼務した。】真世王【三月に中務卿を兼務した。】

常

愛発

吉野【三月に右近衛大将を罷免された。】信

春上

秋津

長谷

常嗣

橘氏公【六月に任じられた。右近衛大将を兼務した。】

朝野鹿取【六月に任じられた。】

源定【八月に任じられた。十一月に治部卿を兼務した。】 承和元年甲寅緒嗣夏野三守常

真世王【正月に薨去した。】

愛発

吉野【二月に正官となった。】信

定【二月に改めて中務卿を兼務した。】

氏公

春上

鹿取

長谷【十一月に卒去した。】

秋津

常嗣

藤原良房【七月に任じられた。】 二年乙卯緒嗣夏野三守常

吉野

愛発

藤原良房【四月に権官に任じられた。】信

定

氏公

春上

鹿取

秋津

常嗣

良房【四月に権中納言に昇進した。】

紀百継【七月に任じられた。】 三年丙辰緒嗣夏野三守常

吉野

愛発【五月に民部卿を罷免された。】

良房百継【九月に薨去した。】

信

定

氏公

春上

鹿取【五月に民部卿を兼務した。】

秋津

常嗣 四年丁巳緒嗣夏野【六月に左近衛大将を罷免された。十月に薨去した。】三守常【六月に左近衛大将を兼務した。】

吉野

愛発

良房信

定

氏公

春上

常嗣

鹿取

秋津 五年戊午緒嗣藤原三守【正月に任じられた。引き続き東宮傅を兼務した。】三守【正月に右大臣に昇進した。】

源常【正月に任じられた。引き続き左近衛大将を兼務した。】常【正月に大納言に昇進した。】

吉野

愛発

橘氏公【正月に任じられた。右近衛大将は引き続き元のとおりであった。】

良房信

定

氏公【正月に中納言に昇進した。】

春上

常嗣

鹿取

秋津

安倍安仁【正月に任じられた。八月に刑部卿を兼務した。】 六年己未緒嗣三守常吉野

愛発

氏公

良房信

定

春上

常嗣

鹿取

秋津

安仁 七年庚申緒嗣三守【七月に薨去した。】

源常【八月に任じられた。引き続き左近衛大将を兼務した。まもなく東宮傅を新たに兼ねた。】常【八月に大臣に昇進した。】

藤原愛発【八月に任じられた。】吉野

愛発【八月に大納言に昇進した。】

氏公

良房【八月に正官となった。】信

定【八月に罷免された。】

常嗣【四月に薨去した。】

春上

鹿取

秋津

安仁

和気真綱【八月に任じられた。】

正躬王【八月に任じられた。】 八年辛酉緒嗣常愛発【三月に民部卿を兼務した。】吉野

氏公

良房信

春上

鹿取

秋津

真綱

安仁

正躬王 九年壬戌緒嗣常【七月に皇太子傅を罷免された。八月に再び兼務した。】愛発【七月に事件に連座して免官された。】

橘氏公【三月に任じられた。右近衛大将は引き続き元のとおりであった。七月に大将を罷免された。】

藤原良房【七月に任じられた。引き続き右近衛大将を兼務した。八月に民部卿を新たに兼ねた。】吉野【七月に事件に連座して太宰員外帥に左遷された。】

氏公【三月に大納言に昇進した。】

良房【七月に右近衛大将を兼務した。まもなく大納言に昇進した。】

源信【七月に任じられた。】信【七月に中納言に昇進した。】

春上

鹿取

秋津【七月に出雲員外守に左遷された。】

真綱

正躬王

安仁【正月に大蔵卿を兼務した。】

源弘【七月に任じられた。治部卿を兼務した。】

滋野貞主【七月に任じられた。大蔵卿を兼務した。】 十年癸亥緒嗣【正月に致仕した。】常氏公

良房信鹿取【六月に薨去した。】

春上【四月に致仕した。】

弘

真綱

正躬王

貞主

安仁

藤原助【二月に任じられた。】 十一年甲子源常【七月に任じられた。引き続き左近衛大将、東宮傅竝を兼務した。】常【七月に左大臣に昇進した。】

橘氏公【七月に任じられた。】氏公【七月に右大臣に昇進した。】

良房信弘

真綱

正躬王

貞主

助

安仁

藤原長良【正月に任じられた。】

橘峰継【正月に任じられた。】 十二年乙丑常氏公良房信弘

真綱

正躬王

貞主

助

長良

安仁

峰継 十三年丙寅常氏公良房信弘

真綱【九月に卒去した。】

正躬王【十一月に官位を剥奪された。】

貞主

助【正月に治部卿を兼務した。】

長良

安仁

峰継 十四年丁卯常氏公【十二月に薨去した。】良房信弘

安仁

貞主

助

長良

峰継

源定【正月に再任された。中務卿を兼務した。】

小野篁【正月に任じられた。】 嘉祥元年戊辰常藤原良房【正月に任じられた。引き続き右近衛大将を兼務した。】良房【正月に右大臣に昇進した。】

源信【正月に任じられた。】信【正月に大納言に昇進した。】

源弘【正月に任じられた。】

安倍安仁【正月に任じられた。民部卿を兼務した。】定

弘【正月に中納言に昇進した。】

安仁【正月に中納言に昇進した。】

貞主

助

長良

峰継

篁

藤原良相【正月に任じられた。】

伴善男【二月に任じられた。】 二年己巳常良房信弘

安仁

源定【正月に任じられた。】

橘峰継【正月に権官に任じられた。】定【正月に中納言に昇進した。】

貞主【九月に宮内卿を兼務した。】

助

長良

峰継【三月に権中納言に昇進した。】

篁

良相

善男

源明【二月に任じられた。刑部卿を兼務した。】 三年庚午

三月、文徳天皇が即位した。常【三月に東宮傅を罷免された。】良房信【十一月に東宮傅を兼務した。】定

弘

安仁

峰継明【十二月に剃髪した。】

貞主

助

篁

長良

良相

善男 仁寿元年辛未常良房信定

安仁

弘

峰継

藤原良相【十二月に権官に任じられた。】長良

貞主

助

篁

良相【十二月に権中納言に昇進した。】

善男

藤原氏宗【十二月に任じられた。】

平高棟【十二月に任じられた。大蔵卿を兼務した。】 二年壬申常良房信定【八月に中務卿を罷免された。】

安仁

弘

峰継

良相長良

高棟

貞主【二月に卒去した。】

助

篁【十二月に薨去した。】

善男

氏宗 三年癸酉常良房信定

安仁

弘

峰継

良相長良

高棟

助【五月に卒去した。】

善男

氏宗

藤原貞守【八月に任じられた。】 斉衡元年甲戌常【六月に薨去した。】良房【八月に改めて左近衛大将を兼務した。】信【八月に右近衛大将を兼務した。九月に大将を罷免された。】

藤原良相【八月に権官に任じられた。九月に右近衛大将を兼務した。】定

安仁

弘

峰継

良相【八月に権大納言に昇進した。】

藤原長良【八月に権官に任じられた。】長良【八月に権中納言に昇進した。】

高棟

善男

氏宗

源多【八月に任じられた。宮内卿を兼務した。】

貞守 二年乙亥良房信

良相定

安仁

弘

長良

峰継高棟

善男

氏宗

多

貞守 三年丙子良房信

良相【ある月に正官となった。】

安倍安仁【十月に権官に任じられた。引き続き民部卿を兼務した。】定

弘

安仁【十月に権大納言に昇進した。】

長良【七月に薨去した。】

峰継【十一月に正官となった。】高棟

源融【九月に任じられた。】

善男

氏宗

多

貞守 天安元年丁丑藤原良房【二月に任じられた。】源信【二月に任じられた。引き続き東宮傅を兼務した。】良房【二月に太政大臣に昇進した。】

藤原良相【二月に任じられた。四月に改めて左近衛大将を兼務した。】信【二月に左大臣に昇進した。】

良相【二月に右大臣に昇進した。】

安仁【四月に正官となった。まもなく右近衛大将を新たに兼ねた。】定

弘

峰継高棟

融

善男

氏宗

多【六月に宮内卿を罷免された。】

貞守