卷之三百七十一 表第二

臣連二造二

現代語訳ステータス: AI一次翻訳(原文照合・専門家レビューは未実施)

文字

大日本史 巻之三百七十一 表第二 臣連二造二

権中納言 従三位 源 光圀  編修

男  権中納言 従三位   綱条  校訂

玄孫 権中納言 従三位   治保 再校

国号 国造・県主・稲置・君・別・村主

大倭 椎根津彦命【太祖(神武天皇)二年、初めて封じられた。垂仁朝に倭国造某がいた。雄略朝に大倭国造吾子籠宿禰がいた。欽明朝に倭国造手彦がいた。子孫に大倭忌寸があり、これも国造に任じられた。その一族に大倭直・大倭連・大和宿禰があった。】 猛田県主弟猾【太祖二年、初めて猛田邑に封じられた。】 磯城県主弟磯城黒速【太祖二年、初めて封じられた。綏靖朝に磯城県主某がいた。安寧朝に磯城県主葉江がいた。懿徳朝に磯城県主太真稚彦がいた。】 添県主【津速魂命の子武乳遺命の後裔。】 高市県主【天津彦根命の後裔。】 山辺県主【火明命の六世孫建麻利尼命の後裔。】 春日県主【綏靖朝に春日県主大日諸がいた。】 十市県主【孝安朝に十市県主五十坂彦がいた。孝霊朝に十市県主大目がいた。】

当麻坂上君【開化天皇の皇子彦坐王の後裔。】 当麻勾君【開化天皇の皇孫小侯王の後裔。】 軽我孫公【名は不詳。彦坐王の四世孫白髪王の後裔。成務朝に初めて封じられた。】 広来津公赤麻呂【崇神天皇の皇子豊城入彦命の裔。初めて広来津の地に封じられた。その年代は不詳である。】 桑原公【豊城入彦命の後裔。】 山辺公【垂仁天皇の皇子鐸石別命の後裔。】 当麻公【配下に当麻部があった。用明天皇の皇子麻呂古王の後裔。】 鴨君大鴨積命【配下に鴨部があった。大田田根子命の孫。崇神朝に初めて封じられた。天武朝に鴨君蝦夷がいた。子孫は代々賀茂社を掌った。】 三輪君大友主命【大田田根子命の孫。崇神朝に初めて封じられた。雄略朝に三輪君身狭がいた。用明朝に三輪君逆がいた。舒明朝に三輪君小鷦鷯がいた。皇極朝に三輪君文屋がいた。孝徳朝に三輪君大口・三輪君邑夫・三輪君甕穂・三輪栗隈君東人がいた。】 山辺別 三枝別 【いずれも垂仁天皇の皇子大中津日子命の裔。】 飽波村主 高宮村主 忍海村主 今来村主 石寸村主 漢人村主 佐波多村主 【いずれも漢人の後裔。】 檜前村主【漢の高祖劉邦の子斉王劉肥の裔。】 桑原村主【劉邦の七世孫万徳使主の裔。】 額田村主【呉人天国古の裔。】 牟佐村主【呉主孫権の子高の後裔。雄略朝に身狭村主青がいた。】

葛城 剣根命【高魂命の五世孫。太祖二年、初めて封じられた。その一族に葛城直があった。】

闘鶏 闘鶏国造【神武天皇の皇子神八井耳命の裔。允恭天皇二年、罪があり稲置とされた。その一族に都祁直があった。】

闘鶏稲置【神八井耳命の後裔。仁徳朝に闘鶏稲置大山王がいた。允恭朝に本国造某を貶して稲置とした。】

凡河内 彦己曾保理命【天津彦根命の裔。太祖二年、初めて封じられた。その一族に凡河内直があった。】 志紀県主 紺口県主 【いずれも神八井耳命の後裔。】 珍県主【豊城入彦命の三世孫御諸別命の後裔。雄略朝に茅渟県主某がいた。】 和泉県主【景行天皇の皇子日本武尊の後裔。】 河内三野県主【負凝魂命の三世孫天湯河桁命の後裔。清寧朝に河内三野県主小根がいた。】 大県主【天津彦根命の後裔。雄略朝に志幾大県主某がいたが、おそらく同族であろう。】

川俣公【彦坐王の後裔。】 和気公【日本武尊の後裔。】 多治比君【宣化天皇の皇子上殖葉王の後裔。】 軽部君 我孫公 【いずれも豊城入彦命の後裔。】 血沼別【懿徳天皇の皇子武石彦奇友背命の後裔。】 長野村主 飛鳥村主 田村村主 茅沼山村主 西波多村主 西大友村主 鞍作村主【配下に鞍部があった。敏達朝に鞍部村主司馬遠らがいた。】 【いずれも漢人の後裔。】 下村主【漢の光武帝劉秀の七世孫慎近王の後裔。】 上村主【魏主曹操の子陳王曹植の後裔。】 古市村王【百済国虎王の後裔。】 高安下村主【高麗国人大鈴の後裔。】

津

三島県主【神皇産霊尊の十六世孫穂日命の後裔。安閑朝に三島県主飯粒がいた。】

韋那公【宣化天皇の皇子火焔王の後裔。孝徳朝に猪名君高見がいた。】 椎田君 川原公 【いずれも火焔王の後裔。】 垂水公阿利真【豊城入彦命の四世孫賀表真稚命の裔。孝徳朝に初めて封じられた。】

槻本村主【漢の献帝劉協の後裔。】 葦屋村主【百済国人意宝荷羅支王の後裔。】

山代 阿多根命【天目一箇命の裔。太祖二年、初めて封じられた。その一族に山背直・山背連があった。成務朝に曾能根命を山背国造としたが、これはおそらくこれとは別系統であろう。】 賀茂県主【神皇産霊尊の孫鴨武津身命の後裔。】 葛野鴨県主【配下に葛野県主部があった。天神魂命の後裔。】 山代県主【崇神朝に山代県主長溝がいた。】

堅井公【彦坐王の後裔。】 石田軍【垂仁天皇の皇子五十日足彦命の後裔。】 布勢公【仲哀天皇の皇子忍稚命の後裔。】 岡屋公【武内宿禰の子波多八代宿禰の後裔。】 葛野別【彦坐王の子袁邪本王の後裔。】 錦織村主【漢人波努志の後裔。】

伊賀 武伊賀都別命【垂仁天皇の皇子祖別命の三世孫。成務朝に初めて封じられた。『倭姫命世記』によれば、垂仁朝にすでに伊賀国造がいたというが、その出自は未詳であり、ひとまず付記して備考とする。】

伊賀須知稲置 那婆理稲置 三野稲置 【いずれも安寧天皇の皇子磯城津彦命の後裔。】 佐佐君【彦坐王の後裔。】 阿保君須珍都斗王【垂仁天皇の皇子池速別命の四世孫。允恭朝に初めて封じられた。】

長田村主【漢人の後裔。】

伊勢 天日別命 【天牟久怒命の孫。太祖二年、初めて封じられた。垂仁朝に国造建日方命がいた。その一族に伊勢直があった。】 神国造大若日子命【またの名は大幡主命。天日別命の五世孫。『大同本記』によれば、垂仁朝に磯部川以東を割いて神国を定め、大若日子命をその国造としたという。子孫は代々大神宮の神主となった。ここではひとまずこれに付記する。その一族に磯部直があった。】

市師県造【垂仁朝に市師県造建砦古命がいた。】 飯高県造【孝昭天皇の皇子天足彦国押人命の裔。垂仁朝に飯高県造乙加豆知命がいた。】 佐奈県造【彦坐王の孫曙立王の後裔。垂仁朝に佐奈県造御代宿禰がいた。】 安濃県造【垂仁朝に安濃県造真桑枝命がいた。】 川俣県造【垂仁朝に川俣県造の祖大比古命がいた。】

伊勢飯高君 壱師君 【いずれも天足彦国押人命の後裔。】 伊勢刑君【景行天皇の皇子五十功彦命の後裔。】 尾津君【日本武尊の子稚武彦王の後裔。】 伊勢品遅部君【曙立王の後裔。】 伊勢麻績君【長白羽命の後裔。】 宇治土公【猿田彦大神の後裔。垂仁朝に宇治土公の祖太田命がいた。子孫は代々神宮に奉仕した。】

島津 出雲笠夜命【出雲臣の祖佐比禰足尼の孫。成務朝に初めて封じられた。】

尾張 小止与命【天火明命の十一世孫。成務朝に初めて封じられた。乎止与の子建稲種命がこれを継ぎ、日本武尊に従って東征し功があった。稲種の子尻調根命は応神朝に仕え、尾治連を賜って熱田大神の祝となった。その子尾治弟彦連、その子金連、その子坂合連。坂合連の子栗原連には二子があり、一人を田蓑といい山代大兄王の舎人となり、一人を多多見といい嗣いで皇極朝に仕え、年魚市評の督となった。代々国造を継承し、熱田神社の祭祀を掌った。】 中島県主【鴨建玉依彦命の後裔。】 尾張田子稲置 乳近稲置 【景行朝に、いずれも日本武尊に従って西征した。】 島田君【景行天皇の皇子大碓命の後裔。】 尾張丹波建部君【配下に武部があった。日本武尊の子武田王の後裔。】 邇波県君【大荒田命の後裔。】 春日部君【五十日足彦命の後裔。】 尾張三野別 稲木別 【いずれも大中津日子命の後裔。】 春日部村主【津速魂命の三世孫大田諸命の後裔。】 尾張次角村主【漢人の後裔。】

参河 知波夜命【出雲色大臣命の五世孫。成務朝に初めて封じられた。】

三川衣君【祖別命の後裔。】 宮道君【日本武尊の子稚武王の後裔。】 長谷部君【波多八代宿禰の後裔。】 許呂母別【大中津日子命の後裔。】 石村村主【漢人の後裔。】

穂 兎上足尼【葛城襲津彦命の四世孫。雄略朝に初めて封じられた。『天孫本紀』によれば、成務朝にすでに三川穂国造美己止直がいたという。これによれば雄略朝以前にすでに国造が置かれていたことになる。】

三川三保君【五十功彦命の後裔。】 三川穂別【彦坐王の孫朝廷別王の後裔。】

遠淡海 印岐美命【伊香色雄命の孫。成務朝に初めて封じられた。『古事記』によれば、天菩比命の裔に遠江国造があるというが、これとは別系統である。】

榛原君 土形君 幣岐君 【いずれも応神天皇の皇子大山守命の後裔。】

久努 印幡足尼【伊香色雄命の孫。仲哀朝に初めて封じられた。その一族に久奴直があった。】

素賀 美志印命【太祖朝に初めて封じられた。】

珠流河 片堅石命【大新川命の子。成務朝に初めて封じられた。】

池田坂井君【孝霊天皇の皇子稚武彦命の孫吉備武彦命の後裔。】

蘆原 意加部彦命【吉備武彦命の子。成務朝に初めて封じられた。】

盧原公吉備武彦命【稚武彦命の孫。景行朝に初めて盧原国に封じられた。】

伊豆 若建命【天蕤桙命の八世孫。応神朝に初めて封じられた。その一族に伊豆直があった。】

甲斐 塩海足尼【狭穂彦王の三世孫臣知津彦公の子。景行朝に初めて封じられた。】

相武 弟武彦命【武刺国造の祖神伊勢都彦命の三世孫。成務朝に初めて封じられた。後に相模宿禰が国造となった者がいた。】

鎌倉別【日本武尊の子足鏡別王の後裔。】

師長 意富鷲意弥命【茨城国造の祖建許呂命の子。成務朝に初めて封じられた。】

无邪志 兄多毛比命【出雲臣の祖二井宇迦諸忍神狭命の十世孫。成務朝に初めて封じられた。安閑朝、武蔵国造の笠原直使主が同族の小杵と争い、国造の地位を訴えたところ、朝廷は小杵を誅するよう命じ、使主を国造とした。後に武蔵宿禰が国造となった者がいた。】

知知夫 知知夫彦命【八意思金命の十世孫。崇神朝に初めて封じられた。景行朝に本国造の祖天上腹天下腹がいた。】

須恵 大部日意弥命【建許呂命の子。成務朝に初めて封じられた。】

馬来田 深河意弥命【建許呂命の子。成務朝に初めて封じられた。】

上海上 忍立化多比命【天穂日命の八世孫。成務朝に初めて封じられた。】

伊甚 伊己呂止直【安房国造の祖伊許保止命の孫。成務朝に初めて封じられた。安閑朝に国造稚子直がいた。】

武社 彦忍人命【彦意祁都命の孫。成務朝に初めて封じられた。その一族に武射臣があった。】

菊麻 大鹿国直【兄多毛比命の子。成務朝に初めて封じられた。】

阿波 大伴直大滝【天穂日命の八世孫弥都侶岐命の孫。成務朝に初めて封じられた。後に安房国造伴直がいた。】

長狭 長狭国造【神八井耳命の裔。】

印波 伊都許利命【神八井耳命の八世孫。応神朝に初めて封じられた。】

下海上 久都伎直【上海上国造の祖天穂日命の孫。応神朝に初めて封じられた。孝徳朝、その一族の他田日奉部直忍が海上郡少領となり、その裔に国造となった者がいた。】

新治 比奈羅布命【美都呂岐命の子。成務朝に初めて封じられた。その一族に新治直があった。】

佐自努公【豊城入彦命の孫大荒田別命の後裔。】 大網公【豊城入彦命の裔奈良君の弟真若君の後裔。】

筑波 阿閉色命【忍凝見命の孫。成務朝に初めて封じられた。『常陸国風土記』によれば、崇神朝に采女臣の支族筑簞命を紀国造としたが、後に筑簞命の名にちなんで紀を筑波と改めたという。】

茨城 筑紫刀禰【天津彦根命の孫。応神朝に初めて封じられた。孝徳朝に茨城国造壬生連麻呂がいた。思うに、筑紫刀禰はおそらく建許呂命の子である。建許呂は神功皇后に仕え、応神天皇の産室の事を掌ったから、もとよりその一族に壬生連があるのである。】

仲 建借馬命【伊予国造と同祖の神八井耳命の裔。成務朝に初めて封じられた。その一族に仲臣があった。孝徳朝に那珂国造壬生直夫子がいたが、おそらくこれも同族であろう。】

久自 船瀬足尼【伊香色雄命の三世孫。成務朝に初めて封じられた。】

高 弥佐比命【弥都侶岐命の孫。成務朝に初めて封じられた。】

近淡海 近淡海国造【天足彦国押人命の裔。垂仁朝に淡海国造某がいた。】 犬上県主【天津彦根命の後裔。】 蒲生稲寸【天津彦根命の後裔。】 佐佐貴山公【孝元天皇の皇子大彦命の後裔。雄略朝に狭狭城山君韓帒がいた。雄略朝に狭狭城山君倭帒がいた。】 三尾君【垂仁天皇の皇子磐衝別王の後裔。景行朝に三尾氏磐城別がいた。継体朝に三尾君堅械・三尾角折君がいた。】 坂田公【配下に坂田部があった。継体天皇の皇子中皇子の後裔。】 比売陀君【彦坐王の孫菟上王の後裔。】 犬上君【日本武尊の子稲依別王の後裔。応神朝に犬上君倉見別がいた。推古朝に犬上君御田鍬がいた。】 建部君【稲依別王の後裔。孝徳朝に犬上健部君某がいた。】 佐味君【豊城入彦命の後裔。舒明朝に狭身君勝牛がいた。】 近淡海蚊野別【袁邪本王の後裔。】 錦部村主 甲賀村主 佐味村主 【いずれも漢人の後裔。】 大友村主【漢の献帝劉協の後裔。推古朝に大有村主高聡がいた。】 志賀穴太村主【劉協の子美波夜王の後裔。】 穴太村主【曹氏宝徳公の後裔。】 坂田村主【百済国人頭貴村主の後裔。】 磐城村主【中宗朝に磐城村主殷がいた。】

近淡海安 大陀牟夜別【彦坐王の三世孫。成務朝に初めて封じられた。その一族に近淡海安直があった。】

息長公【応神天皇の皇子稚野毛二派皇子の後裔。皇極朝に息長山田公がいた。】 坂田酒人君【稚野毛二派皇子の後裔。】

額田 大直侶宇命【彦訓服命の孫。成務朝に初めて封じられた。】

三野前 八爪命【彦坐王の子。開化朝に初めて封じられた。垂仁朝に美濃国造某がいた。景行朝に美濃国造神骨がいた。】

守公 太田君 【いずれも大碓命の後裔。】 大田別【景行天皇の皇子豊門入彦命の後裔。】 三野宇泥須別【大碓命の子押黒兄日子王の後裔。】

本巣 本巣国造【彦坐王の子神大根王の後裔。】 三野県主【おそらく神大根王の後裔。垂仁朝に美濃県主角鏑がいた。】

牟義都 牟義都国造【大碓命の後裔。応神・仁徳二朝の間に牟義都国造伊自牟良君がいた。】

牟義公【大碓命の後裔。応神朝に牟毛津犬黒比がいた。雄略朝に身毛君丈夫がいた。】

三野後 臣賀夫良命【出雲大臣命の孫。成務朝に初めて封じられた。】 鴨県主【彦坐王の裔。】

斐陀 大八椅命【彦与曾命の子。成務朝に初めて封じられた。】

上毛野 御諸別王【豊城入彦命の三世孫。景行朝に初めて封じられた。】

上毛野君【豊城入彦命の後裔。垂仁朝に上毛野君の祖八綱田がいた。応神朝に上毛野君荒田別および鹿我別がいた。仁徳朝に上毛野君竹葉瀬がいた。安閑朝に上毛野君小熊がいた。舒明朝に上毛野君形名がいた。】

下毛野 奈良別【豊城入彦命の四世孫。】

下毛野君【豊城入彦命の後裔。仁徳朝に下毛野君奈良の弟貞若君がいた。】

道奥菊多 屋主乃禰【彦許呂命の子。応神朝に初めて封じられた。後に湯坐菊多臣がいたが、おそらくこの一族であろう。】

道口岐閉 宇佐比乃禰【彦許呂命の子。応神朝に初めて封じられた。】

阿尺 比止禰命【阿岐国造と同祖の天湯津彦命の十世孫。成務朝に初めて封じられた。】

思 志久麻彦【天湯津彦命の十世孫。成務朝に初めて封じられた。】

伊久 豊島命【天湯津彦命の十世孫。成務朝に初めて封じられた。】

染羽 足彦命【天湯津彦命の十世孫。成務朝に初めて封じられた。】

浮田 賀我別王【崇神天皇の五世孫。成務朝に初めて封じられた。】

信夫 久麻直【阿岐国造と同祖の久志伊麻命の孫。成務朝に初めて封じられた。】

白河 塩伊乃己自直【天湯津彦命の十一世孫。成務朝に初めて封じられた。】

石背 建弥依米命【建許呂命の子。成務朝に初めて封じられた。後に陸奥磐瀬臣・磐瀬朝臣があったが、みなこの一族である。】

石城 建許呂命【成務朝に初めて封じられた。孝徳朝に多珂国造石城直美夜部・石城部造志許赤がいた。思うに、この二人はおそらく本国造の一族であろう。】

那須 大臣命【武渟別命の孫。景行朝に初めて封じられた。その一族に那須直があった。】

科野 建五百建命【神八井耳命の裔。崇神朝に初めて封じられた。】

危寸村主【漢人の後裔。】

若狭 荒礪命【佐白米命の子。允恭朝に初めて封じられた。】

若狭之耳別【彦坐王の子室毗古王の後裔。】

高志 市入命【彦屋主田心命の三世孫。成務朝に初めて封じられた。】

三国 若長足尼【彦太忍信命の四世孫。成務朝に初めて封じられた。】

三国公【継体天皇の皇子椀子王の後裔。孝徳朝に三国公麻呂がいた。】

高向村主【魏主曹操の子曹丕の後裔。】

角鹿 建功狭日命【稚武彦命の孫。成務朝に初めて封じられた。その一族に敦賀直があった。】

賀我 大兄彦君【石撞別命の四世孫。雄略朝に初めて封じられた。】

道公【大彦命の後裔。景行朝に高志道君の祖伊知利がいた。欽明朝に越郡司道君がいた。】

加宜 素都乃奈美留命【能登国造と同祖。能登はおそらく高志の誤りであろう。仁徳朝に初めて封じられた。思うに、素都乃奈美留は崇神朝に続いて高志深江国造に封じられたとあり、ここに再び見えるのはおそらく誤りであろう。】

江沼 志波勝族尼【武内宿禰の四世孫。反正朝に初めて封じられた。その一族に江渟臣があった。】

能等 能等国造【崇神天皇の皇子大入来命の裔。成務朝に初めて封じられた。その一族に能登臣があった。】

羽咋 石城別王【石撞別命の子。雄略朝に初めて封じられた。】

羽咋公【石撞別命の後裔。】

伊弥頭 大河音足尼【武内足尼の孫。成務朝に初めて封じられた。後に伊弥頭臣がいたが、おそらく同族であろう。】

久比岐 御戈命【大和直と同族。崇神朝に初めて封じられた。】

高志池君【五十日足彦命の後裔。】

高志深江 素都乃奈美留命【道君と同祖。崇神朝に初めて封じられた。】

佐渡 大荒木直【阿岐国造と同祖の久志伊麻命の四世孫。成務朝に初めて封じられた。】

丹波 大倉岐命【尾張国造と同祖の建稲種命の四世孫。成務朝に初めて封じられた。後に丹波直が国造となった者がいた。】 丹波大県主【開化朝に丹波大県主由碁理がいた。】 葦井稲置【武石彦奇友背命の後裔。今その所在地は不明であり、ひとまず付記して載せる。】

丹波竹野別【開化天皇の皇子建豊波豆羅別王の後裔。】

但遅麻 船穂足尼【彦坐王の五世孫。成務朝に初めて封じられた。応神朝に国造阿胡尼命がいた。】

伊頭志君【伊頭志君麻良比がいた。その年代は不明である。】 多遅麻君【若角城命の裔。安閑朝に但馬君小津がいた。】 竹野君【彦坐王の後裔。】 多遅麻竹別【五石彦奇友背命の後裔。】

二方 美尼布命【出雲国造と同祖の遷狛一奴命の孫。思うに、遷狛一奴はおそらく宇迦都久奴の訛りであり、宇迦都久奴とは鵜濡渟のことである。成務朝に初めて封じられた。】

稲葉 彦多都彦命【彦坐王の子。成務朝に初めて封じられた。仁徳朝に因幡国造某がいた。】

伯岐 大八木足尼【牟邪志国造と同祖の兄多毛比命の子。成務朝に初めて封じられた。】

出雲 宇迦都久怒命【天穂日命の十一世孫伊幣根命の子。かつて天穂日は天祖の勅を受けて日隅宮の祭祀を掌り、その子を武夷鳥命という。武夷鳥の子を伊佐我命といい、伊佐我の子を櫛瓺前命という。瓺前の子は櫛月命、その子は櫛瓺鳥海命。鳥海の子は櫛田命、その子を知理命という。知理の子は世毛呂須命、その子は阿多命。阿多の子を可美乾飯根命といい、これが伊幣根命である。崇神朝に至り、宇迦都久怒が神宝を献上した功により初めて本国に封じられ、その子を襲髄命という。襲髄の子を来日田維穂命といい、おそらく岐比佐都美であり、垂仁朝に仕え、その子を三島足奴命という。三島の子を意宇足奴命といい、すなわち淤宇宿禰であって、仁徳朝に仕え、その子を宮向臣といい、初めて出雲臣を賜った。その子は布奈。布奈の子は布禰といい、布禰の子は意波苦といい、その子は美許。美許の子は叡屋、叡屋の子は帯許、その子を果安という。代々相継いで国造に任じられ、祭祀を奉じた。】

石見 大屋古命【紀伊国造と同祖の蔭佐奈朝命の子。崇神朝に初めて封じられた。】

石見公【おそらく本国造の裔であろう。】

意岐 十挨彦命【観松彦伊呂止命の五世孫。応神朝に初めて封じられた。】

針間 阿良都命【景行天皇の皇子稲背入彦命の孫。成務朝に初めて封じられた。応神朝に国造豊忍別命がいた。仁徳朝に国造速待がいた。その一族に播磨佐伯直があった。】

針間阿宗君【彦坐王の四世孫息長日子王の後裔。】 当麻品遅部君前王【応神朝に初めて封じられた。】 播磨別御諸別命【稲背入彦命の子。成務朝に初めて封じられた。】 播磨村主【漢人の後裔である。】

針間鴨 市入別命【御穂別命の子。成務朝に初めて封じられた。応神朝に国造黒田別がいた。清寧朝に国造許麻がいた。】

明石 都弥自足尼【大倭直と同祖の八代足尼の子。応神朝に初めて封じられた。その一族に大和明石連があった。】

大伯 佐紀足尼【神魂命の七世孫。応神朝に初めて封じられた。】

上道 多佐臣【中彦命の子。応神朝に初めて封じられた。その一族に吉備上道臣があった。】

磐黎別公弟彦王【鐸石別命の三世孫。応神朝に軍功により初めて磐梨県に封じられた。】

三野 弟彦命【御友別命の末子。応神朝に初めて封じられた。その一族に三野臣があった。】

下道 兄彦命【御友別命の長子。またの名は道速別。応神朝に初めて封じられた。その一族に吉備下道臣があった。】 【応神朝に御友別の兄浦凝別を吉備苑県に封じ、これを苑直とした。おそらく県主であろう。】

加夜 中彦命【上道国造と同主。応神朝に初めて封じられた。その一族に香屋臣があった。】

笠臣 笠三枚臣【鴨別命の八世孫。その一族に吉備笠臣があった。】

吉備中県 明石彦【神魂命の十世孫。崇神朝に初めて封じられた。】

吉備別【景行天皇の皇子豊国別命の後裔。】

吉備穴 八千足尼【彦国葺命の孫。景行朝に初めて封じられた。その一族に阿那臣があった。】

安那公【天足彦国押人命の後裔。】

吉備品治 大船足尼【若角城命の三世孫。成務朝に初めて封じられた。】

吉備品遅君【配下に吉備品遅部があった。息長日子王の後裔。】

阿岐 飽速玉命【天湯津彦命の五世孫。成務朝に初めて封じられた。】

大島 穴委古命【无邪志国造と同祖の兄多毛比命の子。成務朝に初めて封じられた。】

波久岐 豊玉根命【阿岐国造と同祖の金波佐彦の孫。崇神朝に初めて封じられた。】 【応神朝に笠臣の祖鴨別を吉備波区芸県に封じたが、おそらく県主であろう。】

周防 加米乃意美【茨城国造と同祖。応神朝に初めて封じられた。】 沙麼県主【仲哀朝に沙麼県主の祖内避高・国幣高・松屋種がいた。】

牟礼別【大中津日子命の後裔。】

都怒 田鳥足尼【都怒足尼の子。仁徳朝に初めて封じられた。雄略朝、その一族の紀小鹿火宿禰が紀小弓の喪を護送して新羅より至り、角国に留まったので、これより角臣と称した。】

穴門 速都鳥命【邇伎都美命の四世孫。景行朝に初めて封じられた。孝徳朝に国造首の一族贄がいた。その一族に穴門直があった。】

阿武 味波波命【神魂命の十世孫。景行朝に初めて封じられた。】

阿牟君【景行天皇の皇子日向襲津彦皇子の後裔。】

紀伊 天道根命【神皇産霊命の五世孫。太祖朝に初めて封じられた。道根命の子を比古麻命といい、その子を鬼刀禰命という。崇神朝に木国造荒河刀禰がいたが、同一人物である。鬼刀禰の子を久志多麻命といい、久志多麻の子を大名草彦命といい、垂仁朝に仕えた。倭姫命が大神を奉じて紀伊に至った時、国造は日前神を今の地に遷し奉った。大名草彦には三子があり、宇遅比古命、枳弥都弥命、樨比子命という。宇遅比古・枳弥都弥はいずれも景行天皇に仕えた。天皇が肥前に行幸した際、樨比子命は土蜘蛛を誅して功があった。宇遅比古の子は舟本命、その子を夜都賀志彦命といい、その子を豊耳命という。豊耳の子は豊布流、豊布流の子を塩籠という。塩籠の子は弥賀志富、その子を忍といい、忍の弟を国見という。国見の子は国勝、国勝の子は大海。忍の子を麻佐手といい、その子を忍勝といい、敏達朝に仕えた。忍勝の子を忍穂といい、初めて名草郡を建てた。忍穂の子を牟婁といい、牟婁の弟を石牟といい、いずれも本国造となった。代々日前神社の祭祀を掌った。思うに、『倭姫命世記』によれば、崇神朝に吉備国造某がいたというが、吉備は今は不詳である。本国の在田郡に吉備郷があるので、ひとまずこれを付記して備考とする。】

熊野 大阿斗足尼【饒速日命の五世孫。成務朝に初めて封じられた。その一族に熊野連があった。】

淡道 矢口足尼【神皇産霊尊の九世孫。仁徳朝に初めて封じられた。】

粟 千波足尼【高皇産霊尊の九世孫。応神朝に初めて封じられた。その一族に粟凡直・粟直があった。】

阿波君【日本武尊の子息長田別命の後裔。】 阿波脚咋別【景行天皇の皇子神櫛別命の裔鷲住王の後裔。】

長 韓背足尼【観松彦色止命の九世孫。成務朝に初めて封じられた。その一族に長直があった。】

長公【八重事代主命の後裔。】

讃岐 須売保礼命【神櫛命の三世孫。応神朝に初めて封じられた。敏達朝に国造星直がおり、紗抜大押直の姓を賜った。その一族に讃岐直があった。】

讃岐綾公【日本武尊の子武殻王の後裔。】 讃岐公【神櫛別命の後裔。】 五十河別【景行天皇の皇子五十河彦命の後裔。】 讃岐田虫別【雄略朝に讃岐田虫別がいた。】 白鳥村主【周の魯公伯禽の後裔。】

伊予 速後上命【印幡国造と同祖の敷桁彦命の子。成務朝に初めて封じられた。】

和気公【景行天皇の皇子武国凝別命の後裔。】 伊予別君【日本武尊の子十城別王の裔。】 伊与御城別【景行天皇の皇子武国皇別命の後裔。】 伊与宇和別【景行天皇の皇子国乳別命の後裔。】

久味 伊与主命【神魂尊の十三世孫。応神朝に初めて封じられた。その一族に久米直があった。清寧朝に伊与来目部小楯がいたが、おそらくこれもその一族であろう。】

小市 子致命【大新川命の孫。応神朝に初めて封じられた。その裔は代々伊予の大領となった。その一族に越智直があった。】

怒麻 若弥尾命【阿岐国造と同祖の飽速玉命の三世孫。応神朝に初めて封じられた。】

風速 阿佐利【伊香色雄命の四世孫。応神朝に初めて封じられた。その一族に風早直があった。】

都佐 小立足尼【阿長比古と同祖の三島溝杭命の九世孫。成務朝に初めて封じられた。】

波多 天韓襲命【崇神朝に初めて封じられた。】

筑志 田道命【大彦命の五世孫。成務朝に初めて封じられた。継体朝に筑紫国造磐井がいた。その子は筑紫君葛子。欽明朝に筑紫国造鞍橋君がいた。】 伊覩県主【天日槍命の後裔。仲哀朝に伊覩県主の祖五十迹手がいた。】 水沼県主【景行朝に水沼県主猨大海がいた。】 岡県主【仲哀朝に岡県主雄鰐がいた。】 筑紫嶺県主【雄略朝に筑紫嶺県主泥麻呂がいた。】

宗形君【配下に宗形部があった。大己貴命の六世孫吾田片隅命の後裔。】 筑紫水間君【五凝国別命の後裔。雄略朝に筑紫水間君某がいた。】 崗君【孝徳朝に崗公宜がいた。】 水沼別【国乳別皇子の後裔。】

竺志米多 都紀女加【稚沼毛二派命の後裔。成務朝に初めて封じられたとする。思うに、稚沼毛二派は応神天皇の皇子であるのに、原書には成務朝に初めて封じられたと書かれており、おそらく誤りであろう。】

筑紫米多君【応神天皇の皇子意富富杼王の後裔。】

豊 宇那足尼【伊甚国造と同祖。成務朝に初めて封じられた。その一族に豊国直があった。】

大分 大分国造【火国造と同祖。】

大分君【神八井耳命の後裔。】 大分穴穂御埼別【景行天皇の皇子兄彦命の後裔。】

宇佐 宇佐都彦命【高魂尊の命。太祖朝に初めて封じられた。】

宇佐公【本国造と同祖。子孫は代々宇佐八幡宮の祭祀を奉じた。】

国前 午佐自命【吉備津彦命の六世孫。成務朝に初めて封じられた。その一族に豊国前臣があった。】

比多 止波足尼【葛城国造と同祖。成務朝に初めて封じられた。】

火 建緒組命【大分国造と同組の志貴多奈彦命の子。崇神朝に初めて封じられた。】 佐嘉県主【景行朝に佐嘉県主大荒田がいた。】

火君【神八井耳命の後裔。欽明朝に火君某がいた。】 火国別【景行天皇の皇子豊戸別皇子の後裔。】

松津 金連【伊香色雄命の孫。仁徳朝に初めて封じられた。】

末羅 矢田稲吉【大水口足尼の孫。成務朝に初めて封じられた。】

日下部君【狭穂彦王の裔。景行朝に日下部君の祖大屋田子がいた。宣化朝に日下部君の祖某がいた。】

阿蘇 速瓶玉命【火国造と同祖の神八井耳命の裔。崇神朝に初めて封じられた。速瓶玉には三子があり、彦御子神、高橋神、日宮神という。彦御子はまたの名を惟人命といい、また八井耳御命ともいい、子孫は代々国造となって阿蘇神社の祭祀を掌った。】

阿蘇君【神八井耳命の後裔。宣化朝に阿蘇仍君某がいた。】

葦分 三井根子命【吉備津彦命の子。景行朝に初めて封じられた。敏達朝に火葦北国造阿利斯登がいた。】

葦北君【吉備津彦命の後裔。敏達朝に葦北君某がいた。】

天草 建島松命【神魂命の十三世孫。成務朝に初めて封じられた。】

日向 老男【豊国別命の三世孫。応神朝に初めて封じられた。】

日向諸県君【豊国別命の後裔。応神朝に日向諸県君牛諸井がいた。】 日向君【景行天皇の皇子草木命の後裔。】 日向穴穂別【景行天皇の皇子雄忍津彦命の後裔。】

大隅 大隅国造【仁徳朝に伏布を曰佐とし、国造に封じた。その一族に大隅直があった。】 曾県主【おそらく火闌降命の後裔であろう。】

曾君 加志君 【いずれも火闌降命の後裔。】

薩摩 薩摩国造【仁徳朝に某曰佐を国造とした。】

阿多小椅君 薩摩公 【いずれも火闌降命の後裔。】

伊吉島 上毛布直【天津水凝の後裔。『出雲国風土記』によれば、壱岐の遠祖に天津日子命があるというが、天津水凝と訓読が近く、おそらく同一人物であろう。継体朝に初めて封じられた。応神朝に壱伎直真根子がいた。真根子の子を御身足尼という。御身の子を太田彦命といい、太田彦の子を酒人命という。酒人の子を神奴子命といい、その子を押見命といい、顕宗朝に仕えた。押見の子を太富命といい、その子を十握命という。十握命の子を伊伎若日子といい、欽明朝に卜部となった。後に壱伎直が島造となった者がいた。】 壱伎県主【天児屋命の後裔。顕宗朝に壱伎県主押見宿禰がいた。】

津島 建弥己己命【高魂尊の五世孫。太祖朝に県直となった。『古事記』によれば、津島県直を天穂日命の子建比良鳥命の後裔とするが、いずれが正しいかは分からない。顕宗朝に対馬下県直がいた。後に津島上県国造・下県国造があったが、おそらくみなこの一族であろう。】 対馬県主【天日神命の後裔。】

葛津 若彦命【大名草彦命の子。成務朝に初めて封じられた。】