卷之三百九十七 表廿八

將軍僚屬三

現代語訳ステータス: AI一次翻訳(原文照合・専門家レビューは未実施)

文字

大日本史 巻之三百九十七 表廿八 将軍僚属三

権中納言 従三位 源 光圀  修

七代孫 権中納言 従三位   斉昭  補

八代孫 権中納言 従三位   慶篤  校

紀年執権評定衆政所執事問注所執事侍所別当六波羅探題 建治元年乙亥北条時宗

北条義政北条実時

北条時広【六月に死去した。】

北条時村

北条宗政

北条公時【七月に四番引付頭となった。】

大仏宣時

安達泰盛

大江時秀

二階堂行綱

佐佐木氏信

二階堂行忠

二階堂行有

宇都宮景綱

藤原時盛

三善康有

北条業時

北条顕時

北条時基

伊賀光政【十二月に罷免された。】

二階堂行清【十二月に罷免された。】

藤原顕盛

二階堂行佐

藤原親致

藤原長経

三善政康【十二月に罷免された。】

武藤景泰

三善倫経

二階堂義賢【七月に罷免された。】

佐佐木時清【七月に任官した。】

二階堂頼綱【七月に任官した。】

二階堂行景【七月に任官した。】二階堂行綱三善康有北条義宗

北条時国【時員の子。十二月に南方探題として赴任した。】北条実政【十一月に九州探題となった。】 二年丙子時宗

義政実時【十月に死去した。】

時村

宗政

公時

宣時

泰盛

時秀

行綱

氏信

行忠

行有

景綱

時盛【九月に罷免された。】

康有

北条業時【三月に任官した。】

三善倫経【四月に任官した。】

藤原業連【四月に任官した。】

業時【三月に評定衆となった。】

顕時

時基

義賢

顕盛

時清

行佐

頼綱

親致

長経

行景

景泰

倫経【四月に評定衆となった。】行綱康有義宗【十二月に罷免された。】

時国実政 三年丁丑時宗

義政【四月に罷免された。】時村【八月に二番引付頭を罷免され、十二月に罷免された。】

宗政【八月に一番引付頭となった。】

公時

業時【八月に三番引付頭となった。】

宣時【八月に二番引付頭となった。】

泰盛

時秀

行綱

氏信

行忠

行有

景綱

康有

倫経

業連

北条義宗【六月に任官し、八月に死去した。】

顕時

時基

義賢

顕盛

時清

行佐【六月に死去した。】

頼綱

親致

長経

行景

景泰行綱康有北条時村【政村の子。十二月に北方探題として赴任した。】

時国実政 弘安元年戊寅時宗宗政

公時

業時

宣時

泰盛

時秀

行綱

氏信

行忠

行有

景綱

康有

倫経

業連

北条顕時【二月に任官した。】

藤原親致【二月に任官した。】

北条時基【三月に任官した。】

藤原顕盛【二月に任官した。】

顕時【二月に評定衆となった。】

時基【三月に評定衆となった。】

義賢

顕盛【二月に評定衆となった。】

時清

頼綱

親致【二月に評定衆となった。】

長経【六月に死去した。】

行景

景泰

北条政長【三月に任官した。】

北条宗房【三月に任官した。】

二階堂行宗【十一月に任官した。】

藤原長景【十一月に任官した。】行綱康有時村

時国実政 二年己卯時宗宗政

公時

業時

宣時

顕時

時基

泰盛

時秀

行綱

氏信

行忠

行有

景綱

顕盛

親致

康有

倫経

業連

政長

宗房

義賢

時清

頼綱

行宗

長景

行景

景泰行綱康有時村

時国実政 三年庚辰時宗宗政

公時

業時

宣時

顕時

時基

泰盛

時秀

行綱

氏信

行忠

行有

景綱

顕盛【二月に死去した。】

親致

康有

倫経

業連

政長

宗房

義賢【七月に死去した。】

時清

頼綱

行宗

長景

行景

景泰行綱康有時村

時国実政 四年辛巳時宗宗政【八月に死去した。】

公時【十月に三番引付頭となった。】

業時【十月に一番引付頭となった。】

宣時

顕時【十月に四番引付頭となった。】

時基

泰盛

時秀

行綱【六月に死去した。】

氏信

行忠

行有

景綱

親致

康有

倫経

業連

政長

宗房

時清

頼綱

行宗

長景

行景

景泰

藤原宗景【ある月に任官した。】

北条忠時【十一月に任官した。】

佐佐木宗綱【十一月に任官した。】行綱【六月に死去し、七月に子である頼綱が後任となった。】康有時村

時国実政 五年壬午時宗公時

業時

宣時

顕時

時基

泰盛

時秀

氏信

行忠

行有

景綱

親致

康有

倫経

業連

二階堂頼綱【二月に任官した。】

藤原宗景【二月に任官した。】

政長

宗房

忠時

時清

頼綱【二月に評定衆となった。】

行宗

宗綱

長景

行景

宗景【二月に評定衆となった。】

景泰

大江宗秀【四月に任官した。】

二階堂行藤【四月に任官した。】

藤原時景【十一月に任官した。】二階堂頼綱康有【十二月に罷免された。】時村

時国実政 六年癸未時宗

北条業時【重時の子。四月に連署となった。】公時【四月に二番引付頭となった。】

業時【四月に連署となった。】

宣時【四月に一番引付頭となった。】

顕時

時基【四月に三番引付頭となった。】

泰盛

時秀

氏信

行忠

行有

景綱

親致

頼綱【十月に死去した。】

宗景

倫経

業連

佐佐木時清【六月に任官した。】

政長

宗房

忠時

時清【六月に評定衆となった。】

行宗

宗綱

長景

宗秀

行景

時景

行藤

景泰

二階堂行頼【六月に任官した。】

藤原宗長【六月に任官した。】

三善宗康【六月に任官した。】頼綱【十月に死去し、十二月に二階堂行忠が後任となった。】時連【ある月に任官した。姓は不明。】時村

時国北条実政【十月に長門警固に転任した。】 七年甲申時宗【四月に死去し、七月に子である貞時が継いだ。】

業時公時

宣時

顕時

時基

泰盛

時秀

氏信

行忠

行有

景綱

時清

親致

宗景【五月に五番引付頭となった。】

倫経

業連

北条政長【正月に任官した。】

政長【正月に評定衆となった。】

宗房

忠時【十月に死去した。】

行宗

宗綱

長景

宗秀

行景

時景

行頼

行藤

景泰

宗長

宗康

藤原義泰【ある月に任官した。】二階堂行忠時連時村

時国【六月に配流され、十二月に宗頼の子である兼時が後任となった。】 八年乙酉北条貞時

業時行忠藤原親致時村

北条兼時 九年丙戌貞時

業時行忠親致時村

兼時 十年丁亥貞時

業時【六月に死去し、八月に朝直の子である宣時が継いだ。】行忠親致時村【八月に罷免された。】

兼時 正応元年戊子貞時

大仏宣時行忠親致兼時【二月に北方探題に移った。】

北条盛房【時房の曾孫。二月に南方探題として赴任した。】 二年己丑

十月、久明親王が征夷大将軍に任官した。貞時

宣時行忠親致兼時

盛房 三年庚寅貞時

宣時行忠【十一月に死去し、孫である行貞が後任となった。】親致兼時

盛房 四年辛卯貞時

宣時二階堂行貞親致兼時

盛房 五年壬辰貞時

宣時行貞親致兼時

盛房 永仁元年癸巳貞時

宣時二階堂行藤【ある月に任官した。】時連【ある月に復任した。】兼時【正月に罷免され、三月に義宗の子である久時が後任となった。】

盛房北条兼時【三月に九州探題となった。】

北条時家【七月に九州探題となった。】 二年甲午貞時

宣時行藤時連北条久時

盛房兼時

時家 三年乙未貞時

宣時行藤時連久時

盛房兼時【四月に罷免された。】

時家【四月に罷免された。】 四年丙申貞時

宣時行藤時連久時

盛房北条実政【ある月に再び九州探題となった。】 五年丁酉貞時

宣時行藤時連久時【六月に罷免され、宗頼の子である宗方が後任となった。】

盛房【五月に罷免され、七月に宣時の子である宗宣が後任となった。】実政 六年戊戌貞時

宣時行藤時連北条宗方

北条宗宣実政 正安元年己亥貞時

宣時行藤時連宗方

宗宣実政 二年庚子貞時

宣時行藤時連宗方【十一月に罷免された。】

宗宣実政 三年辛丑貞時【八月に罷免され、時頼の孫である師時が継いだ。】

宣時【八月に罷免され、正村の子である時村が継いだ。】行藤時連基時【業時の孫。六月に北方探題として赴任した。】

宗宣実政【九月に罷免された。】

北条政顕【十一月に九州探題となった。】 乾元元年壬寅北条師時

北条時村二階堂行貞【ある月に復任した。】時連北条基時

宗宣【正月に罷免され、七月に義時の外孫である貞顕が後任となった。】

嘉元元年癸卯師時

時村行貞時連基時

金沢貞顕 二年甲辰師時

時村行貞時連基時【十月に罷免され、十一月に時茂の子である時範が後任となった。】

貞顕 三年乙巳師時

時村【四月に誅殺され、七月に宣時の子である宗宣が継いだ。】行貞時連北条時範

貞顕 徳治元年丙午師時

大仏宗宣行貞時連時範

貞顕 二年丁未師時

宗宣行貞時連時範【八月に死去した。】

貞顕 延慶元年戊申

八月、守邦親王が征夷大将軍に任官した。師時

宗宣行貞時連大仏貞房【宗宣の子。十一月に北方探題として赴任した。】

貞顕【ある月に罷免された。】 二年己酉師時

宗宣行貞時連貞房【十一月に死去した。】 三年庚戌師時

宗宣行貞時連金沢貞顕【ある月に復任した。】

北条時敦【政村の孫。七月に南方探題として赴任した。】 応長元年辛亥師時【九月に罷免され、十月に大仏宗宣が後任となった。】

宗宣【十月に執権となり、時村の孫である熙時が後任となった。】行貞時連貞顕

時敦 正和元年壬子大仏宗宣【六月に死去し、北条熙時が後任となった。】

北条熙時【六月に執権となった。】行貞時連貞顕

時敦 二年癸丑北条熙時行貞時連貞顕

時敦 三年甲寅熙時行貞時連貞顕【十一月に罷免された。】

時敦 四年乙卯熙時【七月に死去し、業時の孫である基時が後任となった。】

金沢貞顕【義時の玄孫。七月に連署となった。】行貞時連時敦【ある月に北方探題に移った。】

大仏維貞【宗宣の子。九月に南方探題として赴任した。】 五年丙辰北条基時【五月に罷免され、七月に貞時の子である高時が後任となった。】

貞顕行貞時連時敦

維貞 文保元年丁巳北条高時

貞顕行貞時連時敦

維貞 二年戊午高時

貞顕行貞時連時敦

維貞 元応元年己未高時

貞顕行貞時連時敦

維貞 二年庚申高時

貞顕行貞時連時敦【五月に死去した。】

維貞 元亨元年辛酉高時

貞顕行貞時連常葉範貞【時範の子。十一月に北方探題として赴任した。】

維貞北条英時【ある月に九州探題となった。】 二年壬戌高時

貞顕行貞時連範貞

維貞英時 三年癸亥高時

貞顕行貞時連範貞

維貞英時 正中元年甲子高時

貞顕行貞時連範貞

維貞【八月に罷免され、十一月に貞顕の子である貞将が後任となった。】英時 二年乙丑高時

貞顕行貞時連範貞

金沢貞将英時 嘉暦元年丙寅高時【三月に罷免され、四月に久時の子である守時が後任となった。】

貞顕【四月に罷免され、宗宣の子である維貞が後任となった。】行貞時連範貞

貞将英時 二年丁卯赤橋守時

大仏維貞【九月に死去した。】行貞時連範貞

貞将英時 三年戊辰守時行貞時連範貞

貞将英時 元徳元年己巳守時二階堂貞衡【ある月に任官した。】時連範貞

貞将英時 二年庚午守時

北条茂時【熙時の子。六月に連署となった。】貞衡時連範貞【十一月に罷免され、十二月に基時の子である仲時が後任となった。】

貞将【閏六月に罷免され、八月に時敦の子である時益が後任となった。】英時 元弘元年辛未守時

茂時貞衡【正月に死去した。】時連北条仲時

北条時益英時 二年壬申守時

茂時二階堂貞藤【ある月に任官した。】時連仲時

時益英時 三年癸酉守時【五月に自殺した。】

茂時【五月に自殺した。】二階堂時綱【ある月に任官した。】時連仲時【五月に自殺した。】

時益【五月に自殺した。】英時【五月に自殺した。】