卷之三百五十六 志第一百十三
刑法一
現代語訳ステータス: AI一次翻訳(原文照合・専門家レビューは未実施)
¶古来、天下を保つ者は、刑法を除いて政治を行うことはできなかった。仁徳ある者が民に対するのは、赤子を守り育てるようなものであるが、やむを得ない場合に至っては、肌膚を傷つけ、生命を損なうことになる。義に基づく刑罰や処罰を用いて、あえて赦さないのは、どうして惻隠の情や慈愛の心、忍びない思いがないからであろうか、いやそうではない。刑罰によって刑罰を止めようとし、刑罰は究極的には刑罰のない状態を期するものである。義を尽くすことこそ、仁の極致となる所以である。そもそも刑法の設置は、神代にその起源を持つ。天つ罪・国つ罪は祓いの祝詞に見える。聖帝は神々の御意を体して刑典を制定し、それによって万民を正した。その由来は遠く古い時代に遡るのである。ただ太古の世には、上に立つ者は霊妙な徳をもって下に臨み、下にある者は忠信をもって上に仕えた。上下は一体となり、政治は簡素であることを尊んだ。およそ罪を犯した者があれば、おおむね神に誓い祓い清めることで、その更生を許した。万民は和やかに睦み合い、ともに仁寿の境地に至ったのである。この時代に、どうして法律や科条というものを語る必要があっただろうか。しかし世の道が古の姿を失い、人心が次第に偽りへと傾くに及んで、上宮太子(聖徳太子)が初めて憲法を作った。中宗(天智天皇)の中興に至って、藤原鎌足に命じて律令を修め撰ばせ、規則制度を作らせたが、それは前代をはるかに超えるものであった。歴代の朝廷はこれを遵行し、多少の増減があった。格式の書もまた、弘仁・貞観・延喜の間に相次いで編纂された。そもそも令とは、尊卑貴賤の等級や国家の制度を定めたものであり、格とは百官有司が常に行うべき事柄であり、式とはその常に守るべき法である。およそ国家の政治は、必ずこれらに従って行われる。それに従うことができず、悪事を働いて罪科に陥った者は、一律に律をもって裁断された。これが、我が皇朝が神道に従いつつ唐の制度を採り入れ、百代にわたる大典を取捨選択して定めた所以であり、まことに備わっていたと言えよう。古人は「刑罰は世に応じて軽くもなり重くもなる」と言い、また「新しく興った国を治めるには軽典を用い、平和な国を治めるには中典を用い、乱れた国を治めるには重典を用いる」とも言った。それゆえ、寛容と厳格、剛と柔とは、それぞれその時代に応じるものであり、弛めることと張ること、緩めることと急ぐこととが、みなその時宜に適うようにすることこそ、万世にわたる準則であって、改めることのできないものである。そもそも前代における刑の用い方の跡を総合して調べてみると、上古の政治は、法を制定するのが簡潔で厳格であり、必ず仁恕を根本としていた。残忍で人を殺すことを好んだ者は、雄略・武烈の二帝にとどまり、それ以外には聞くところがない。中宗(天智天皇)が制度を定めるに至って、条目を細かく詳細にした所以は、実に仁厚と惻怛(いたみ悲しむ心)の意があったからである。それゆえ徳と刑とが並び行われ、治世の道は大いに成し遂げられたのである。中葉以降になると、寛容に流れて締まりを失い、その甚だしきに至っては、山陵を発掘した者や実の母を殺害した者、武人が勝手に人を殺して威を立てた者であっても、その罪はせいぜい流罪・追放にとどまった。僧徒が武装して御所を犯した者すら、なだめさとして帰らせるにとどまった。上皇を射た者、侍臣を殺した者に至っても、やはり罪一等を減じて流罪に処するにとどまった。刑罰がこのように行われなかったことの由来をたどれば、歴代の朝廷が仏教を信奉したことに起因する。徳による教化が行われないうちに、刑罰の制度が先に廃れてしまったのでは、皇室の事業がどうして衰えずにいられようか。覇府(幕府)が開かれるに及んで、もっぱら威福を独占し、厳しい刑罰と峻烈な法を用いたことは、乱れた国に重典を用いるという考えにかなり近いものがあった。盗賊はこれによって畏れをなして鳴りを潜め、一時は小康を得たと称された。しかしその仁恕と惻怛の心は、とうてい古の世には及ばないものであった。『礼記』に言う、「これを教えるに徳をもってし、これを整えるに礼をもってすれば、民には(自ら悪を改めようとする)革心が生まれる。これを教えるに政をもってし、これを整えるに刑をもってすれば、民には(法網を逃れようとする)遯心が生まれる。そもそも悪をその芽生えぬうちに絶ち、教えをかすかな兆しのうちに起こし、民をして善に移り罪から遠ざからせて、しかも自らはそれと気づかせないようにするには、徳と礼を措いてほかに何によればよいであろうか」と。それゆえ、教化を広めて風俗を善くし、仁恕の心を体して祥刑(道理にかなった刑罰)を行うことは、上に立つ君子が心を用いずにはいられないところである。よって前代の跡を探り、その得失を論じ、これを詳しく篇にまとめて、刑法志を作る。